夏蚕の翅
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刊行日 2026/08/25 | 掲載終了日 2026/08/25
ハッシュタグ:#夏蚕の翅 #NetGalleyJP
内容紹介
\\本書プレゼント企画!//
☆☆第69回群像新人文学賞受賞作!☆☆
生きるための信仰とは、なにか。
「どうしておまえだけが、祝福を受けたの」
そう言って僕を痛めつけるねえさんは、
まるでうつくしいまま死んでいる蚕のようでした。
♢♢♢
この町で異教の神様を信じることは、生きながらにして死ぬことと同じだった。
北海道南西部の小さな港町で暮らす姉弟。
ふたりは異端者の子として迫害され、やがて暴力を伴う依存関係へと陥ってゆく。
そこに救済は、すべてに先立つ愛はあるのか。
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★★本書プレゼント企画★★
『夏蚕の翅』にレビューを投稿してくださった方の中から抽選で3名様に本書をプレゼントいたします!!
詳細は販促情報をご確認ください。
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著者/冬島いのり(ふゆしま・いのり)
2005年、北海道札幌市生まれ。現在函館市在住。2026年、「夏蚕の翅」で第69回群像新人文学賞を受賞。
出版社からの備考・コメント
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○自分には合わない内容だった際、どういったところが合わなかったかなど、建設的なご意見をくださる方
下記に該当する方のリクエストはお断りさせていただく場合がございます。
ご理解のほど、宜しくお願いいたします。
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販促プラン
★★本書プレゼント企画★★
『夏蚕の翅』にレビューを投稿してくださった方の中から抽選で3名様に本書をプレゼントいたします!!
是非、ふるってご参加下さい!
みなさまのレビューを楽しみにお待ちしております。
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・レビュー投稿締め切り【2026年8月25日(火)23:59まで】
・応募期間終了後、当選者へはメールにてご連絡いたします。
・NetGalley登録アドレスを出版社へ開示している方が対象となります。
・当選の発表は講談社からのメール通知をもってかえさせていただきます。
・発送の都合上、国内在住の方が対象となります。
・プレゼントは2026年9月中の発送を予定しております。
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読み終わりましたら是非NetGalleyへレビューをご投稿ください!
著者・担当編集者ともに楽しみにお待ちしております。
また、適したメディアやお持ちのSNSにもレビューを投稿いただき、多くの方に本を拡げていただけますと幸いです。
※発売前作品のため、ネタバレになるレビューはくれぐれもお控えくださいませ※
ご協力の程、何卒宜しくお願いいたします。
★★★
作品の拡材や指定配本をご希望の書店様は
恐れ入りますが<講談社 書籍営業部>まで直接お問合せをお願いいたします。
出版情報
| ISBN | 9784065445761 |
| 本体価格 | ¥1,800 (JPY) |
| ページ数 | 198 |
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閲覧オプション
NetGalley会員レビュー
圧倒的な言葉の魔力に引きずり込まれ、躁鬱の暗澹たる沼に何度も足を取られる。どこまでも落ちていきそうになる気持ちと心。姉と弟。排他的な北の大地。そこで生きていくしかない絶望感。希望の光を少しでも見つけたくてただただ読む。
レビュアー 781279
北海道の小さな港町で暮らす姉の椿と弟の紫蘭。
彼らの母親は異教の神を信じ、町から出ていってしまった。
中学生のふたりは、異端者の子として町の人から疎まれている。
食べることを拒否する椿と、姉を蚕の成虫のように見守る紫蘭。迫害されている彼らだけで町で暮らせるはずもなく、彼らに手を差し伸べる人もいる。
クリスチャンにしろ、カトリックにしろ、神様を信じることで救われることはあるのだろうか。
私は子供の頃からクリスチャンとして育てられため、描写される教会に置かれている本や飲み物などから、田舎の教会を思い出していた。地方の田舎で異教徒として迫害はされていなかったと思うが、田舎の行事に行くことが許されなかった子供時代を思い出し、この姉弟にどこか自分の姿を重ねていた教会に置かれた本や、その作家の本しか読むことしか許されなかった田舎での暮らしを思い出し苦しくなった。
私は大人になった時、宗教絡みの事件に巻き込まれ神様を捨てたので救済を求めることはない。
だが椿と紫蘭は母がいなくなったあとも、神の救済を受けていたのだろう。
暴力的な姉と弟の歪んだ関係の根底には、やはり神様が関係していた。だが彼らの友達、先生、出会う大人たちはふたりを導いていく。
その言葉のひとつひとつに聖書や、神にまつわる言葉があるわけではない。椿も紫蘭も愛に飢えていた。だからこそ周囲の人々の言葉に耳を傾けるのだろう。
荒々しくて、それでいて初々しささえ感じる力強い作品だった。
レビュアー 1469440
母親がいない。養育者がいない。食べるものがない。学校にはほぼ行っていない。
ないことが多い話だな、と読みはじめた。
他者に対して潔癖と公言し、母親の宗教心は、
あばずれと決めてかかる。
以外の価値観の混入を許さない、北の町の窮屈。
欄間、床柱、長押、調度品。
静物を目に留める、登場人物の性質を現わす。
拒食と嘔吐の繰り返しは、形式を変え、
誰もが内包するこうありたい自分とままならない現実の象徴として読んだ。
姉と弟だけにしなかった。北の田舎町で彼らを孤立させなかった。
ボケたりツッコんだりが救いの光りだった。言わないけれど。
理解できるとか何かを得たとか、わかりやすさとかと真逆の時間。
誰でもわかることではないことを書きすぎないのがよかった。
夏を勢いで終わらせないと誓った。
あとに残ったのは、
やさしいということばを使わない優しさの現わしかた。
大丈夫と言ってくれる人に出会える、大丈夫の心強さ。
破壊と再生とか手垢まみれの表現でひとくくりにできない。
不動の静けさ、生きること、
本を読むことでしか、行けない場所だった。
それにしても、梅シロップ。生きる理由になるなんて。
レビュアー 1095712
病気の治療で精神的にとんでもなく周囲からも自分でも(どうしてこうなったのかこれからどうしていくのか)と追い込まれてしまった頃に偶然試し読みの機会をいただきました。読んでみるとおとぎ話の森に入り込んでしまったような不思議な読み心地で、漫画のように頭の中で絵が浮かぶ、退廃的な雰囲気を纏っているだけではない成長と変化の物語でした。夏蚕、美しい言葉ですね。少なくとも私は救われました。出版されるのを楽しみにしています。機会をいただき、ありがとうございました。