夏蚕の翅
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刊行日 2026/08/25 | 掲載終了日 2026/08/25
ハッシュタグ:#夏蚕の翅 #NetGalleyJP
内容紹介
\\本書プレゼント企画!//
☆☆第69回群像新人文学賞受賞作!☆☆
生きるための信仰とは、なにか。
「どうしておまえだけが、祝福を受けたの」
そう言って僕を痛めつけるねえさんは、
まるでうつくしいまま死んでいる蚕のようでした。
♢♢♢
この町で異教の神様を信じることは、生きながらにして死ぬことと同じだった。
北海道南西部の小さな港町で暮らす姉弟。
ふたりは異端者の子として迫害され、やがて暴力を伴う依存関係へと陥ってゆく。
そこに救済は、すべてに先立つ愛はあるのか。
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『夏蚕の翅』にレビューを投稿してくださった方の中から抽選で3名様に本書をプレゼントいたします!!
詳細は販促情報をご確認ください。
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著者/冬島いのり(ふゆしま・いのり)
2005年、北海道札幌市生まれ。現在函館市在住。2026年、「夏蚕の翅」で第69回群像新人文学賞を受賞。
出版社からの備考・コメント
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販促プラン
★★本書プレゼント企画★★
『夏蚕の翅』にレビューを投稿してくださった方の中から抽選で3名様に本書をプレゼントいたします!!
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みなさまのレビューを楽しみにお待ちしております。
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・当選の発表は講談社からのメール通知をもってかえさせていただきます。
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★★★
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出版情報
| ISBN | 9784065445761 |
| 本体価格 | ¥1,800 (JPY) |
| ページ数 | 198 |
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閲覧オプション
NetGalley会員レビュー
圧倒的な言葉の魔力に引きずり込まれ、躁鬱の暗澹たる沼に何度も足を取られる。どこまでも落ちていきそうになる気持ちと心。姉と弟。排他的な北の大地。そこで生きていくしかない絶望感。希望の光を少しでも見つけたくてただただ読む。
レビュアー 781279
北海道の小さな港町で暮らす姉の椿と弟の紫蘭。
彼らの母親は異教の神を信じ、町から出ていってしまった。
中学生のふたりは、異端者の子として町の人から疎まれている。
食べることを拒否する椿と、姉を蚕の成虫のように見守る紫蘭。迫害されている彼らだけで町で暮らせるはずもなく、彼らに手を差し伸べる人もいる。
クリスチャンにしろ、カトリックにしろ、神様を信じることで救われることはあるのだろうか。
私は子供の頃からクリスチャンとして育てられため、描写される教会に置かれている本や飲み物などから、田舎の教会を思い出していた。地方の田舎で異教徒として迫害はされていなかったと思うが、田舎の行事に行くことが許されなかった子供時代を思い出し、この姉弟にどこか自分の姿を重ねていた教会に置かれた本や、その作家の本しか読むことしか許されなかった田舎での暮らしを思い出し苦しくなった。
私は大人になった時、宗教絡みの事件に巻き込まれ神様を捨てたので救済を求めることはない。
だが椿と紫蘭は母がいなくなったあとも、神の救済を受けていたのだろう。
暴力的な姉と弟の歪んだ関係の根底には、やはり神様が関係していた。だが彼らの友達、先生、出会う大人たちはふたりを導いていく。
その言葉のひとつひとつに聖書や、神にまつわる言葉があるわけではない。椿も紫蘭も愛に飢えていた。だからこそ周囲の人々の言葉に耳を傾けるのだろう。
荒々しくて、それでいて初々しささえ感じる力強い作品だった。
レビュアー 1469440
母親がいない。養育者がいない。食べるものがない。学校にはほぼ行っていない。
ないことが多い話だな、と読みはじめた。
他者に対して潔癖と公言し、母親の宗教心は、
あばずれと決めてかかる。
以外の価値観の混入を許さない、北の町の窮屈。
欄間、床柱、長押、調度品。
静物を目に留める、登場人物の性質を現わす。
拒食と嘔吐の繰り返しは、形式を変え、
誰もが内包するこうありたい自分とままならない現実の象徴として読んだ。
姉と弟だけにしなかった。北の田舎町で彼らを孤立させなかった。
ボケたりツッコんだりが救いの光りだった。言わないけれど。
理解できるとか何かを得たとか、わかりやすさとかと真逆の時間。
誰でもわかることではないことを書きすぎないのがよかった。
夏を勢いで終わらせないと誓った。
あとに残ったのは、
やさしいということばを使わない優しさの現わしかた。
大丈夫と言ってくれる人に出会える、大丈夫の心強さ。
破壊と再生とか手垢まみれの表現でひとくくりにできない。
不動の静けさ、生きること、
本を読むことでしか、行けない場所だった。
それにしても、梅シロップ。生きる理由になるなんて。
レビュアー 1095712
病気の治療で精神的にとんでもなく周囲からも自分でも(どうしてこうなったのかこれからどうしていくのか)と追い込まれてしまった頃に偶然試し読みの機会をいただきました。読んでみるとおとぎ話の森に入り込んでしまったような不思議な読み心地で、漫画のように頭の中で絵が浮かぶ、退廃的な雰囲気を纏っているだけではない成長と変化の物語でした。夏蚕、美しい言葉ですね。少なくとも私は救われました。出版されるのを楽しみにしています。機会をいただき、ありがとうございました。
出版事業関係者 869218
知らない街の知らない人々が幸せに屯している。
意味があるのかどうかもわからないことでも
分かりあうためには必要なことなのかもしれない。
生きる上でのルールは決めているにも関わらず、
だれしもが平穏を求めていながら、
求めているにも関わらず、
なにかを変えていきたくなる。
なにかの不可抗力でかわらざる得なくなる。
正しくないか正しくないかもわからない。
レビュアー 1937833
良かった。序盤、姉弟の境遇に対して正しい解決はないのかと思ったが、病院の存在が物語上で消されている訳では無いことが分かってから少し安心した。それを選ばないこととは別に、存在を消さないことは大事だと思うので。
文学では救われないこともあること、回復しなくてもいいことに安心すること、などは自分も病院に通っている身なので共感したし、生身の感覚を誠実に書いてるなと思った。
弟から姉、ともよさんから凛子さんなど、この本で書かれる愛は一般的に言われる正しさから外れた歪なものだったりするけれど、それでも眩しくて美しいと思った。
レビュアー 513020
北海道南西部の霧ヶ浦町に暮らす椿、紫蘭の姉弟。母や叔母が家を出、残された二人に周囲の目は優しいどころかある理由で厳しいままであった・・・
日々の生活を営む中で心の拠り所となる筈の信仰が、ただ信じる神の種類が違うというだけで軋轢・摩擦を産み差別に繋がっているのは、現代の信仰目的からすると本末転倒のようでなんとも言えない気持ちなる。さらには姉弟の軋轢・差別による生き辛さ、また母親の信仰をそのままというある意味能動的ではなく受動的に持った信仰心によっての揺らぎまでもが記され、信仰心を試されているような気持にもなる。それでも数少ないながらも周囲の理解を得、環境を変えながら揺らぎが治まり成長を遂げる姿に安堵を覚える。
“共存”の言葉が浮かび、今のきな臭い世情の解決への一端をも示すかのような信仰を確かめる物語
書店関係者 2141668
閉鎖的な土地で、近隣からは親のことで疎まれ疎外され続ける姉と弟。
動線以外には埃が堆積してゆく、空虚さを纏う家での、お互いを削り合うような日々。
生きるための生ではなく、死が訪れないから生きているような二人暮しが痛々しく、この先どうなってしまうのだろうかと不安で読み進めて行った。
変わり始めたきっかけには全て痛みが伴っていて、読みながら苦しい気持ちにもなったが、その痛みが後に振り返れば羽化の痛みだったのかなと思える。
繰り返し読むことで、視座を変えて深く読めるだろう良作。
美術部顧問の言葉に滲む諦念と微かな希望に、姉弟だけではなく自身が救われたような気がしている。
レビュアー 2049408
なんだろう、こんな気持ちになる本はじめてだったかもって思いました。
冬島いのりさん、初めて読む作家さん。
2005年生まれだそうで、どんな人生を送ってきたら21歳にしてこんなに退廃的な雰囲気を言葉だけで表せるんだろう。
すごく、リアルでした。空気感がリアルに伝わってきすぎて怖いほどでした。
恐ろしいほど引き込まれてしまって抜け出せなくなるのではなかろうかと思うほど。
物語はずっと痛い。なんか痛い。
思いっきり痛いんじゃなくて、疼くようでもなくて、違和感よりもちょっと痛みが強いような。
でも外科に行くような怪我じゃなくて、内科で診察してもらう類の病気のような小さな痛みがずっと続く感じ。
いつかは治るのか、この痛みは消えるのか。
その答えを探すために読み進めていたような、そんな気持ちになっています。
読後に残ったものはなんだろうと自問自答してみても、明確に何かが残ったとは言えないですね。
何が正解で何が不正解かもわからないけど、
でもきっとこの物語を読んで救われる人はいるんだと、それだけは確実なのではなかろうかと思いました。