歪んだ波紋

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刊行日 2018/08/07 | 掲載終了日 2018/09/20

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内容紹介

記者は取材中に一度は未知の扉を開けるものだ。

「黒い依頼」 ――誤報と虚報
「共犯者」  ――誤報と時効
「ゼロの影」 ――誤報と沈黙
「Dの微笑」  ――誤報と娯楽
「歪んだ波紋」――誤報と権力

「面白かったからや。ギラギラして、貪欲にネタを欲しがる様がたくましく思えてな。最近おらんやろ。新聞社にそんな人間」

新聞、テレビ、週刊誌、ネットメディア――情報のプリズムは、武器にもなり、人間を狂わす。
そして、「革命」を企む、“わるいやつら”が、いる。

ベストセラー『罪の声』の“社会派”塩田武士が挑む、5つのリアルフィクション。

誤報の後に、真実がある。

記者は取材中に一度は未知の扉を開けるものだ。

「黒い依頼」 ――誤報と虚報
「共犯者」  ――誤報と時効
「ゼロの影」 ――誤報と沈黙
「Dの微笑」  ――誤報と娯楽
「歪んだ波紋」――誤報と権力

「面白かったからや。ギラギラして、貪欲にネタを欲しがる様がたくましく思えてな。最近おらんやろ。新聞社にそんな人間」

新聞、テレビ、週刊誌、ネットメディア――情報のプリズムは、武器にもなり、人間を狂わす。
そして、「革命...


おすすめコメント

『罪の声』で読書界を席巻した塩田さんの2年ぶりの「社会派小説」です。各話タイトルは松本清張の著作をイメージさせるもので、清張以降の「社会派」であることを強く意識しています。

『罪の声』で読書界を席巻した塩田さんの2年ぶりの「社会派小説」です。各話タイトルは松本清張の著作をイメージさせるもので、清張以降の「社会派」であることを強く意識しています。


出版情報

発行形態 ハードカバー
ISBN 9784065123515
本体価格 ¥1,600 (JPY)

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NetGalley会員レビュー

メディアの「誤報」をテーマに描かれた5つの短編。 平穏な暮らしを贈る一般市民が誤報の被害により傷つけられ時には人生さえ変えられて しまう報道被害の恐ろしさ、また当然ながら誤報を発信した側にも相応の報いをもたら す、そんな誤報がなぜ生まれてしまうのか。巨大メディアが抱える腐食の構造やそこに 働く人々の「個」としての葛藤を描いた5つのストーリーは短編ながらとても読み応え ある社会派ミステリー。それだけでも十分なのに、やがて各章の登場人物や事件が線で 結ばれ、さらに誤報をシステムとして利用するもう一段階うえの「闇」の存在が示唆さ れてゆくという構成が見事。 新聞やテレビといったオールドメディアだけでなくネットメディアすらも俎上に上げ、 さらに情報を受け取る側の自分たちにも、漫然と情報を消費するだけでいいのかと 問いを投げかけられているようで、読みながら息苦しさすら感じるのに読まずには いられない、強い吸引力のある小説だった

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松本清張の作品のオマージュとして書かれた短編集。それぞれの作品が微妙にかみ合って、現代のメディアを描き出した秀作。

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グリコ森永事件を題材にした『罪の声』で、一躍才名を轟かせた塩田武士。本作では地方の新聞社を舞台に、虚報・誤報・捏造に溺れる人間の性を、連作短編で追い詰めていく意欲作。媒体の共食い合戦は、私をも巻き込み覆い被さってきた。あろうことか、毒を一服持った罪深き元新聞記者の作者。行き着いた終焉に解毒はあるのか。遠ざかってゆく背中をぼんやりと霞む視界で見ていた。

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新聞記者、記者定年退職者、結婚記者退職者、転職ネット記者などが次々と登場して、現代の虚報、誤報の事実、またそれの波紋による起こった事件を題材に、連作短編5話構成で現代を塩田武士が斬る!・・・①「黒い依頼」②「共犯者」③「ゼロの影」④Dの微笑」は、小説現代掲載作品。⑤「歪んだ波紋」のみ書き下ろし作品。①~⑤題名を見て分かるように松本清張をイメージさせ、社会派小説を目指しているのがわかる。①~④話が最終の⑤話で一気に交差する・・・楽しめた!・・・最終話で近畿新報の記者、相賀が去り際に言った「記者は現場」が頭の中でこだましています・・・ネット社会に一喝入れた感じです!

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なんという読みごたえ! 誤報と虚報が記者と報道業界の闇を浮き彫りにしていく。 報道が社会の鏡だとしたら、事件や事故だけでなく、携わった記者や会社の姿も写っている。 最終章、記者のありかたを示したある一言に働く者として思わず背筋をのばした。

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大きな、大きな輪の中に入っているかのように、全ての登場人物が繋がりながら、さまざまな事象が絡み合いながら、何かがそのなかから浮かび上がってくる。 それは、真実を度外視した思惑だけの世界。 文字と写真だけが行き交うネットのなかでそれは、報道という名前のもとに行き先を歪められていく。 そこには、普通の人々が意識下で信じる倫理感をも利用した悪意と、報復と、そして権力欲が原動力となっているのだ。それに気づくのはだれか。本来の記者魂を持って、真実を知るために行動するのはだれか。 読んでいて翻弄されながらも、サイレントマジョリティーの一人として、騙されまいという気持ちを新たに出来る、小説を超えた一冊だった。

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地方の新聞社を舞台に虚報、捏造、誤報に手を染める人間を連作短編で描く。 それぞれの題名から松本清張をイメージさせ、社会派小説を目指しているのが分かる。 最終話で一気に繋がり楽しめた。

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松本清張の著作をイメージした誤報がテーマの社会派短編集。登場人物が重複して出てきたり繋がっていたりして社会派でもとても読みやすかったです。誤報は人間の手で起こるのです。本人たちはその場しのぎでもそれにより大変な影響がおき、次々と被害者がでていくことに読んでいて恐怖を感じました。誤報を信じて追随した記者も加害者です。どうか信念をもって真実を伝え続けてほしいと思います。過去と比べ、現在では新聞やテレビ、雑誌というメディアのほかに、webがあります。そのスピードは速く、そして消えることもない。真偽が定かでなくても考えもせず無条件に受け入れている事が多いかもしれません。きちんと正しい情報を選り分けられるようにしなければなりませんね。

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新聞社が自ら作り出した虚報。 社会に投じたその一石がもたらす影響は? 誤報を誤報と認めず、訂正も出せない体質。 特ダネのためには真実も曲げる。 真実を伝える媒体である新聞、テレビが嘘をつく。 何を信じていいのか?何が真実なのか? 見極めるのは自分の目のみ。 メディアが作り出した虚報に人生を翻弄される人々。 歪んだ波紋はじわじわと自分をも飲み込む。

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新聞の誤報。 そしてそれを隠蔽するための画策。 誤報が意図的に行われたらどうなるのか。 無条件に信じてしまいがちな新聞というメディア、そして現代では新聞よりも身近なネットニュースというメディア。その中の闇を暴き出す連作短編集。 ささやかな疑いがくい込んだ先は、巨大な秘密だった。ラストの恐ろしさはとてもリアル。

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疲れた。 読み終えた初めの印象はコレである。圧倒的な情報量と緻密に絡んだ伏線を、取り逃さないように懸命に読んだ。 でもそれは辛い訳ではなく、とても楽しい。面白い。章ごとに語り部が変わり時代が変わり、些細な部分で繋がっているそれぞれが、タイトルでもある最後の章「歪んだ波紋」でしっかり結びつく。 要所要所で実在する名前や事件を彷彿とさせる場面があって、よりリアリティが増し、「これは実際に起こりうる、もう起こっている事だ」と自覚する。 薄ら寒い思いを抱く読後感だけど、グングン惹き付けられる文章力は流石だと思った。

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「事件記者」って言うドラマを知ってますか?放映は、もう60年近く前になる。警視庁の記者クラブの新聞記者たちの抜いた抜かれたの取材合戦を描いたドラマだ。 当時の報道はほぼ新聞が担っていた。だから取材で抜いた抜かれたは新聞の死活問題でありスクープは記者の勲章だった。 ところがSNSが普及した現在、新聞の抜いた抜かれたや記者のスクープは或る意味時代の遺物になりつつある。それだけに、いままでのように社会の出来事を単に報道したり、おざなりの論評や解説を加えるだけでは読者が納得しなくなっている。新聞離れと言われる購読者数の減少が新聞の現状を証明し、存在自体を危うくさせている。 財務省問題にみるまでもなく発表記事には信憑性が問われ、速さではSNSに勝てない。では、いま新聞が目指すものは何なんだろう。分析力なのか掘り下げ力なのか。 「歪んだ波紋」はこれらを背景に書かれた新聞への警鐘なのだと思う。 #歪んだ波紋 #NetGalleyJP [NetGalley URL]

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情報が怖いと思った。 自分はこれまで毎日、更新されては通り過ぎていく情報を疑うことなどあっただろうか。 ネットをひらけばニュースサイトのトップに表示された情報のみを拾い、検索をすれば入力したキーワードでヒットした一番最初にでてくる記事を拾い、選びとることすらせず、情報の真偽や発信元、情報の精査など意識したこともなかった。 わかりやすいだけのもの、自分にとって都合よく、読み心地のいいものだけを受け取る。 そんな自分にとってこの小説は恐怖でしかなかった。 5つの短編はどれもリアルで、作中何度ぞわっと鳥肌がたったことだろう。 これはもしかして本当にあったことなのではないだろうか、と。 そうなれば他人事では済まない。 自分も知らないうちにその悪意の渦に巻き込まれている可能性だってあるのではないだろうか、と。 だって、私たちには疑うための知識が圧倒的に足りていないし、まさか公のメディアで流れている情報が間違っているはずがないという無意識の思い込みがある。 そして、情報の発信が正義に基づくものだと根拠もないのに、信じている。 しかし、逆にこれはどんな誤報だって新聞やニュースなどの公の媒体を通して発信されてしまえば、それが真実であると思いこんでしまうということだ。 それがどんなに危ういことなのか、この小説の中で描かれる悪意の誤報、虚報の存在をみせつけられ、やっと気がついたのだ。 膨大な情報に流されるのは今日でおしまい。 私は私のために情報は自分で選びとらなければならない、と思った。

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‪‪誤報が生んだ影響を綴った短編集かと思いきや、1つ1つの短編がラストに繋がり誤報から革命を起こそうとする活動家の話になる…‬ ‪既存メディアを改革するために誤報を流して人々を混乱させるのではなく、もっと違ったやり方で改革できないのかな…と思ってしまった。‬

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もちろん報道する側が虚偽や誤報をしてはならないのは当たり前ですが、トランプ大統領が「フェイクニュース」と連発する昨今、ただ情報を受け取るだけではなくそのニュースを信じるに値するかどうかを自らが検証する時代に突入したのかも知れません。 そして、匿名なことに胡座をかいて安易にSNSやネットで書いたことで訴えられることになるかも知れない危険性もあることを身につけておかないといけないんですよね。

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