現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。

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刊行日 2019/08/27 | 掲載終了日 2019/12/08

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内容紹介

はやく日本に帰りたい。

ブルシャスキー語、ドマーキ語、コワール語、カラーシャ語、カティ語、ドマー語、シナー語……。 文字のない小さな言語を追って、パキスタン・インドの山奥へ――。 著者は国立民族学博物館に勤務するフィールド言語学者。パキスタンとインドの山奥で、ブルシャスキー語をはじめ、話者人口の少ない七つの言語を調査している。調査は現地で協力者を探すことに始まり、谷ごとに異なる言語を聞き取り、単語や諺を集め、物語を記録するなど、その過程は地道なものである。現地の過酷な生活環境に心折れそうになりつつも、独り調査を積み重ねてきた著者が、独自のユーモアを交えつつ淡々と綴る、思索に満ちた研究の記録。

はやく日本に帰りたい。

ブルシャスキー語、ドマーキ語、コワール語、カラーシャ語、カティ語、ドマー語、シナー語……。 文字のない小さな言語を追って、パキスタン・インドの山奥へ――。 著者は国立民族学博物館に勤務するフィールド言語学者。パキスタンとインドの山奥で、ブルシャスキー語をはじめ、話者人口の少ない七つの言語を調査している。調査は現地で協力者を探すことに始まり、谷ごとに異なる言語を聞き取り...


出版社からの備考・コメント

四六判並製

四六判並製


出版情報

発行形態 ソフトカバー
ISBN 9784422390031
本体価格 ¥1,800 (JPY)

NetGalley会員レビュー

久しぶりに「バックバッカー」や「沈没」という言葉を目にしました.ある種の人たちには憧れのかの地で,言語研究のためのフィールドワークをされているというと,ご苦労なさっているのだろうな,との予想に違わぬ,というか,上回る困難にあいながらも,フィールドに出るのは好きではない,という著者が書くものが,面白くないわけがない,という感じです.乗り物に弱い方が,かの地のバスに乗るのは……考えただけでも頭が下がります.面白く読むうちに,言語学のなんたるかと,かの地の土埃が伝わってくる本です.

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著者の吉岡氏については、編集者が書いた「あとがきに代えて」が言い得て妙である。もちろん、氏とは一面識もないのであるが、本書を読んでいると編集者の描く人物像と一致する。国立民俗学博物館の准教授であるとのことも納得がいく。同博物館の先生方を直接存じ上げて入るわけではないが、館のバックヤードに収集されているものや学芸員の方からお聞きする印象となんとなく整合するのである。
言語学者というと、ひたすらひとつの言語について文献を読みあさったり、物語などを採録したテープを分析するといったイメージだが、フィールド言語学者は地理的にも情報的にもアクセスしづらい言語のデータを採りに、現地まで行くのだそうだ。世の中には文字化されていない言語もたくさん残っており、録音された言語データが全くない言葉もたくさんあるのである。
そんな世間に流通していない言語データを集める必要があるのかというと、おそらくないのである。それでも集めるのは何故?オリジナリティが求められる研究者にとって余り知られていない言語の研究をしておけば手早くオリジナリティを主張できるというずるい動機も有るとは思うが、知らないことをひとつでも減らす、という著者の望み?は私も共感できるのである。
本書は、フィールド言語学のフィールド調査がメインのテーマではあるが、著者の興味の赴くままにあちらに寄りこちらで迷いとメインフィールドであるパキスタン北西部の民族性を体現したような筆運びで書かれている。このあたりが本書の魅力では有るとは考えるが、結局何が云いたいねんと思う読者も少なからずいるのでは、とは推測する。どうもフィールド言語学といういうのはそんなものであろうと云うのが私の結論ではある。こんなところが嫌い、こんなことが嫌といいつつ現地にドップリ浸かっている著者のどたばたぶ調査を、アイロニカルなタッチで描く佳作である。

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「この潮流が良いか悪いかは微妙だな」といつも思いつつ(もっと研究者が研究に専念できるような環境を作ったほうがよいのではないかとも思うのです。もちろん一般向けの本を楽しんで書いておられる方もいらっしゃるとは思うのですが)、一人の読み手としては様々な分野の研究者の方が一般向けの本を書いてくれることを、とても有難く感じています。本書もその類に入る本です。

「フィールド言語学者なのに”現地嫌い”ってどういうこと!?でもなんか面白そう」とタイトルに突っ込みを入れるところから読み進めた本書。最初の直感は間違ってなかった。言語学のことは詳しくもないし、特に興味にない人間でも興味深く読むことができました。1つ1つのエピソードが短いこと、学問的なことを丁寧に分かりやすく書かれていること、調査の舞台裏の苦労や個人的な思いまでひっくるめて書かれているのがその理由かと思います。

個人的にもっとも印象に残ったのは、「好まれる『研究』と、じれったい研究」。(p118~125)
「それが研究である限り、無駄な研究などないのだ。解ってくれ」という筆者の叫びは、今あらゆる分野の日本の研究者が思っているのではないでしょうか。

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ネガティブなようでいて、違う。実は言語研究に対しての情熱、熱心さに溢れている。

なんとも味のある文章の陰に隠れてついつい気楽に読んでしまうが、その大変さは筆舌に尽くしがたいものだと思う。そりゃ帰りたくもなりますよね。

そして筆者の情熱は、いつしか自分にも憑依。
カシミール地方の土埃と、村人たちの読めない表情に囲まれ、子どもたちには石を投げつけられながら、塩味のミルクティーを舐め、ヤギの脾臓を渡されながら、なんとか話を聞いている。
どうやら関西弁らしい⁉︎いやいや。

日本語についても言語学的に言及されている部分も多く、読み応えがあった。

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語学のフィールドワークそして本音

様々な国を旅する人がいる。自分探し?やりがい?社会起業?
夢の実現のために海を渡る人がいる、、、がしかしその話ではない。
フィールドワーク語学学者の吉岡先生の伝記というか日記。
この道を見誤ったと解説しているところの本音に、シンパシーをかんじてしまう。
どこか投げやりにも見えるが生から死までの深い教養を、語学というフィルターを通して知ることができる。
本音の言葉に書かれた本は面白くないわけがない。

本が好き!倶楽部
せいちゃん

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ぼやく、ぼやく、ぼやく。
フィールド言語学者のぼやきが止まらない。
それに釣られてこちらの笑いも止まらない。

フィールド言語学者と聞いてもどのような研究をされているのか正直パッと思い浮かばない。
言語学者というと資料を読み込み、ひたすら研究?かと思えば全然そんなことはなかった。
現地まで赴いて数週間から数ヶ月の時をかけて研究とは、それは確かにぼやきたくなってしまうかもしれない。
しかも、外国、言葉がすんなり通じない、日本の常識も当然通じない。
その上なんとなく危険そうなイメージをしてしまいがちなパキスタンやインドで?電波の届かない山奥で?
考えただけでおそろしい。
そんな現地で自ら協力者を探し、情報提供があればあちらの谷へ、こちらの村へ、と研究への熱意が溢れすぎている。
現地嫌いというのも日本へ帰りたい、というのももちろん本音なのかもしれないけれど、
根っからの研究者魂がそうはさせてくれないのだろうなあとも思った。

ここに綴られているのは観光ではなく、調査で訪れた者だけが知りうるありのままの情報の宝庫だ。
調査対象の言語については丁寧に、細やかに、初心者でもわかりやすく。
調査地までの交通事情や現地の宿泊施設、入域許可の有無や手順や手数料、
各々の調査地のルールも事細かに記されている。
その土地に住む人種や使われる言語、土地に伝わる口承文学・・・
言語を学ぶいうことはそれだけではなく、自然とその現地の文化や歴史を知るということにもつながるのだろう。
まさしく研究者の調査記録だなあと現地にはきっと訪れることのないだろう私はありがたく読み入った。
正直あまり訪れたいとは思えないけれど、その土地の記録を知ることはとても面白い。
もっともっと読みたいと思ってしまった。
第二弾、いつの日か出ないだろうかと思ってしまった。

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初めは少し、語り口に癖があって気になったのですが、慣れてくると楽しく読めました!フィールド言語学という分野があって、マイナーな言語の調査のために、僻地に滞在する。その際、比較などの必要性もあって、周辺のいくつもの言語も平行して調査していく、ということを初めて知りました。

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言語調査の出発前から早く家に帰りたいと願いつつ…「何を仕事と考えているかと言えば、消滅する前に言語を記録すること」
─だからパキスタンやインドの山奥に出向き、話者人口の少ない七つの言語を調査している、そんな筆者だ。

本書を読んでいたら【なくなりそうな世界のことば】という本が突如浮かんだ。そうだった、筆者が出版した処女本がそれであった。
「多言語が話したくて調査しているのではない、言語の仕組みが知りたいだけ」。
だから私たちは『手話』に日本手話と日本語対応手話があることを知る。アイヌ語の危機的現状を憂ふだけ憂ふ。
コミュニケーションに臆病であるほど、知らない事が多すぎる。そのフィールドにチェックイン。

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