ぼくはうそをついた

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刊行日 2023/06/05 | 掲載終了日 未設定

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内容紹介

第70回青少年読書感想文全国コンクール
課題図書 小学校高学年の部

広島に住む小学校5年生のリョウタ。同居する祖父から、原爆で亡くなった祖父の兄ミノルの話を聞く。平和学習で資料館に行き、戦争は怖い、二度と繰り返してはいけないと思っていた一方、どこか遠い昔の出来事のようにも感じていた。しかし、祖父の話から興味を持ったリョウタは、亡き大おじミノルの足跡をたどろうと思う。

リョウタが憧れる女子バレー部のキャプテン、レイは共働きの両親にかわり育ててくれた曾祖母のことが好きだった。原爆で子どもをなくしている祖母は、時おり記憶がまだらになり、我が子を捜し始める。近所の子どもたちからも変人扱いされている曾祖母の姿を見るのは辛く、なんとか彼女を救いたいと思うレイだが――。

平和のために、今、私たちは何ができるのだろう――すべての人が幸せに生きられる世界へ、祈りをこめた物語。

第70回青少年読書感想文全国コンクール
課題図書 小学校高学年の部

広島に住む小学校5年生のリョウタ。同居する祖父から、原爆で亡くなった祖父の兄ミノルの話を聞く。平和学習で資料館に行き、戦争は怖い、二度と繰り返してはいけないと思っていた一方、どこか遠い昔の出来事のようにも感じていた。しかし、祖父の話から興味を持ったリョウタは、亡き大おじミノルの足跡をたどろうと思う。

リョウタが憧れる女子バレー部...


出版情報

ISBN 9784591178218
本体価格 ¥1,500 (JPY)
ページ数 176

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NetGalley会員レビュー

うそは絶対についてはいけないものなのか、ついていいうそといけないうそがあるのか、という問いの答えは人によって違うと思うし、どんなうそならついていいとするかも人によって違うだろうけれど、「ぼく」はそれでもうそをつくことを選んだんだということがタイトルににじみてているように思う。
広島に住んでいてさえ遠くなってしまっていることが伺えるが、ヒロシマや戦争の記憶をどれだけつなぎとめられるかがいまの大人に課せられているなかで、このような物語はその一助になってくれると思う。

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主人公は心優しい小6女子と小5男子。

バレーに燃える普通の小学生だった彼らが、思わぬ出来事をきっかけに、戦争が曾祖母や祖父の心に残した傷跡を目の当りにします。

タイトルの意味を知った瞬間の衝撃。凄かった!少年の思いやりが、心底、胸に迫りますね。

小学校が臨時の救護所になり、子どもたちが凄惨な現場で奔走する場面もショックでした。

決して色褪せさせてはいけない記憶。繰り返してはならない過ち。

著者の、そして著者の母の心からの願いが、ひしひしと伝わりました。

世代を超えて受け継がれるべき作品だと思います。

(対象年齢は10歳半以上かな?)

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バレーボールが盛んな地域に住むリョウタは小学五年生。両親が働いているので、母方の祖父のシゲルじいちゃんと留守番をする夏休みに助手として行った鮎釣りを通して、命をいただいている大切さを実感したリョウタ。そして、新学期から六年生になる春休み、河川敷で噂の“ヘロゥばぁ”に出会う。誰かを探すように彷徨うヘロゥばぁに感じる戸惑い、連れ戻しにきたレイのいつもと違う様子を目にしてしまった気まずさ、さらに、シゲルじいちゃんが語ってくれた兄・ミノルさんについて。
平和学習で勉強してきたはずだけど、出来事から目をそらし気味で、実感が伴ってなかったリョウタが、身近な大切な人の話を聞き、広島に起きた悲劇を自分に引き寄せて理解しようと行動する姿に、生存者の高齢化もあって現地に住んでいても“風化させない”ようにすることを考えなくてはいけない時期をむかえているんだと感じ、伝わってくるものをきちんと受けとれるように、準備する必要性を感じました。
なにかが劇的に解決するわけではないし、そんな単純な話ではないけど、その時の自分の判断を信じて、リョウタ=“ぼく”がついた嘘の優しさに胸がつまりました。

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広島で原爆を経験した方たちの痛みを伴った記憶、主人公の「ぼく」と同じ年代の若者たちがその時命を落としたんだ。命をいただくということ、自分でたべるものを育み調理すること、家族とともに暮らすこと、広島カープを応援すること。少しずつ戦争でこわれた心をいやし、前を向いて進んでいく。広島で現代を生きるぼくらには、過去の悲しい歴史を知る語り部たちから未来への意思を確かに受け継いでいくのだ。タイトルにこめられた優しさが静かに沁みる。

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ヒロシマの終わらない苦しみが、ここにもある。どれだけ時が経とうとも癒えることのない傷を抱えて生きる人たちがいる。重すぎる記憶に蓋をして、けれども噴き上がってくる思いに記憶のたがが外れることもあるのだ、ヘロゥばぁのように。
リョウタとレイの原爆と当時の無惨な街と人々とのようすへのアプローチ。
何があったのかを知りたいという気持ち。
タイトルの意味が理解できた時、何とも言えない人としてのやさしさと思いやりに心が震えた。
作者の母上の語りを下敷きにされた物語と知ってまだまだわたしはヒロシマのことを知らねばならないと思った。

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戦争に対するリョウタの心の動きがとても素直。ちょっと他人事のように、昔の出来事だと思ったり、資料館も怖いから見たくないと思ったり。ミノルさんの居た場所を見たいとか、辿った道を自分も歩こうとか、知ろうとする姿が素晴らしい。代用教員のエピソードがとても印象的だと思ったら、あとがきを読んで納得です。子どもが笑って過ごせる世界が平和ということだ。

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導入部の少年が祖父と釣りをする場面には心惹かれた。鮮やかな夏の川の光景のあとに、こんなに胸をうつ世界が広がっていようとは。季節は折しも夏、また八月が巡ってくる。わすれてはならない、永遠に語り継がれる広島のできごと。著者は広島のご出身で、その地での、家族の体験をもとにしてこうして物語の形での語り部となる。世界では悲惨な光景がひろがり、命を落とす人々がいることに、人の愚かさにも思いを馳せながら。うその意味を知ったとき、胸を射抜かれる思いがする。

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広島に住むリョウタは、同居を始めた祖父から、被爆して亡くなったお兄さんの話を聞いていくうちに、戦争について、原爆について考え始めます。文中に出てくる、『平和学習で被爆者の体験を聞いてもどこか遠い話だったのが、身近に感じられるようになった』というリョウタの気持ちは、今の子どもたちも共感できるのではと思います。最後まで読むと、タイトルの意味がわかり、リョウタの優しさを感じられました。

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4月から6年生になるリョウタの、春休みの出来事。センセーショナルなタイトルに反し、文章は堅実で繊細。被爆者であるひいおじいさんの話と、ひ孫のリョウタの話がいい具合に響き合って、戦争が人ごとではなく、昔の話というだけでもなく、自分と続いている話なのだとスッと受け入れられるようなストーリーになっていたと思う。
1歳先輩のレイ、ひいおじいさん、レイのひいおばあさん、その息子や兄たち、どのストーリーもきちんと主人公と、ひいては読者である私たちとの繋がりが感じられて、読んでいてとても考えさせられた。
何故か、「戦争しないことは国際的な責任を果たしていないことだ」とミスリードされている、きな臭いご時世に、この物語は必要なものだと思います。読めてよかった。ありがとうございました。

最後に蛇足ながら、鮎について。食べるためなら釣って良いというのは、現在の日本においては言い訳にならないと思っています。他にも食べるものがたくさんあるのに、あえて釣って食べて、魚が減るから放流して数を維持しているというのが河川での釣りの実態です。生業にしているわけではない以上、みんな、自分が魚を釣りたいから釣っている。釣ってから逃して、できるだけ放流はせずに魚の数を維持するという方法と、食べていなくなっちゃうから養殖して放流するという方法と、どちらが良い、どちらが悪い、というわけではないと思うのです。アユ釣り師も、ルアーフィッシャーも、どちらも生き物への敬意は持っていて、アプローチが違うだけだと思うのです。初っ端そんな話から入ったので、釣り好きとしてはちょっと引っかかってしまいました。長々すみませんでした。

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広島に住む小学5年生のリョウタはシゲルじいちゃんからじいちゃんのお兄さん・ミノルが原爆で亡くなったことを知る。それをきっかけに広島の街を巡っているうちにバレーボールクラブの先輩、レイに会う。レイのひいおばあちゃんも原爆で息子のショウタを亡くしていて…。ひいおばあちゃんを見守るレイがやるせない。原爆が落とされた中、亡くなった人たちの遺品をいれる袋をつくりつづけたミドリ先生のような人たちも多かったのだろう。「ぼくがついたうそ」は「ぼくたちがついたウソ」だったのかも。でも切なくて優しいウソでした。

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リョウタは、うそをついた。
気になるタイトルだ。
なぜ、うそをついたのか。
傷ついた人の心を癒すため。

現代っ子が現在(といっても2005年だけれど)の広島の町を、被爆地から家に向かって、亡くなった祖父の兄を思いながら実際に歩いてみるというのがよかった。
ここで昔、こんなことがあったんだなあ。
この下には、もしかしたら、まだ亡くなった方の骨が埋まっているのかもしれないなあ。
そんなことを思いながら。

今、現在も、世界の各地では戦争や虐殺がある。
過去の事、外国の事、と考えずに、自分や、自分の大切な人にも起こりうること、と読者に認識してもらうために、とてもよい物語だと思った。

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主人公は、新学期から小学6年生のリョウタ。
去年から同居しているおじいちゃんとの関係あれこれのお話だと思ったら、予想を裏切られました。
とあるきっかけで、自分の暮らす広島の平和行事、原爆ドームへの校外学習が他人事ではなくなり、いま一度真剣に見つめなおそうと思うリョウタ。
今と過去、いくつもの話が最後には1つに繋がり納得の結末でした。

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戦争で傷ついた心をもつ人たち

そんな人たちを見守る家族

登場人物みんなが温かい、やさしい物語でした。

戦争について考えたり、人の気持ちを考えたり、うそをつく是非について考えたり、いろんな読み方ができる本です。

ひとつの本に盛りだくさんの内容がつまっているのですが、作者の西村さんの平和への想いが、ぎゅっとつまっているなと感じました。

戦争を机上だけのものではなく、身近な戦争体験者や、戦争の体験談や戦争の資料を通して、戦争の事実を受け継いでいく大切さ。

未来を生きる子どもたちが、平和をどう保っていくべきなのか、唯一の被爆国である日本のこれからの進む道、世界に発信できることは何かを真剣に考える一歩になりますように。

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今の子供たちにとってはあの戦争は教科書で習う歴史上の出来事。日本が世界を相手に戦っていたなんて、この平和な日々の中では実感しづらいかもしれません。広島の原爆で亡くなった方の遺品を通してあの出来事が生々しく語られます。毎日をただ一生懸命生きていた人がとんでもない暴力で何もかもを奪われ、物語中では60年経っても消えない、心に深い深い傷跡を残してしまう愚かな行為、それが戦争なのです。今世界中で頻発している戦争を考えるきっかけになる作品。

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2024年の読書感想文課題図書とのこと。子供たちにとって、さまざまな学びができる一冊だと思いました。

題名には「うそ」という単語があります。人を傷つける嘘と人を救う嘘がある。文章の結末ではそのようなことが考えさせられます。
さらに、この本は作者がご自身の親からきいた戦争時の話がベースになっています。そのため、戦争と平和、ひいては家族や命についての示唆も多くあります。
そして、老齢のために自分のことも分からなくなった肉親も、ありありと描写されています。

このように、子供にとって(恐らくはこれまでに経験のないようなことに関する)多くの学びが書かれた一冊だと思いました。ただ、その気付きをさせるために、大人が一緒に読んで語り合えるとよいのではないかと感じます。

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問い:レイが髪を切る理由は何でしょう。はっきり書かれていないけど、読むとわかるよ。/2005年春、広島市北部。小学6年生になるリョウタは河川敷で「ヘロゥばぁ」に腕をつかまれる。バレーが強く誰もが憧れるレイがおばあさんを迎えにきて…。/現代パートには言葉がこなれていない部分が多数あり、話の展開にも唐突な箇所が多い。要素も盛りだくさん。読書感想文の課題図書は、もっといい文章であってほしい…。一方、リョウタのおじいさんの原爆の語りのパートは目に見えるようだ。ミドリ先生は著者のお母上がモデルと後書きにあって納得。

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うそをつくとはどういうことか、を多面的に考えるきっかけになる作品。
子どもを探し続けることの背景まで含めて、しっかり夏の間に考え続けてほしい。

作者のお母様の実体験が入っていた、というあとがきに衝撃を受けた。17歳で先生とは。絶句。

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なかなかの読みごたえ。テーマも重厚で、ある程度の導きが感想文を書くときにはいるかと。子どもたちに歴史の教訓を伝え、平和への願いを育むための素晴らしい教材となる本だけに、感想文を書くという負担のもとでは読ませたくないかも。自分を責めるようなタイトルなので、そうではなく、肯定的に人生をとらえていくための読書へと導きたいです。

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主人公がどんなうそをつくことになるのか、最後まで気になった。一つ学年が上の異性の先輩に対する憧れやときめきも、爽やかに描かれ、お互いの家族の戦争物語が繋がり、少年の最後のうそが、納得の行くうそで、救われる。戦後が鎮魂の一冊。

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紹介文とカバーの表情からイメージしていた「ぼくがついたうそ」とは違っていました。嘘からストーリーが広がるのかと思いましたが、主人公の原爆への理解を深める積み重ねの部分が主な主題だした。戦争体験を語れる年代が減っていくなか、身近な人から身近な場所での体験を聞くことという経験も現代の子どもたちではなかなかできないこと。この物語のように身近な人から体験を実際に聞くことで戦争や原爆が今の自分たちと地続きのものであることをイメージできます。主人公は亡くなった大叔父が被爆した場所を訪ね、叔父がかなわなかった帰宅への道を歩きます。擬似体験することで亡くなった叔父を身近に思い、さらに原爆で子どもを失った老人への共感へとつながります。これにより読者も一緒に広島の町を訪ね、一端を感じることに繋がっていくことになると感じました。説明的な文が多く、文章を読み慣れない子には読みにくいと感じる所があるかも。課題図書高学年のなかでは長さ的にも一番読みやすいのではないかと感じました。

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今の子どもたちは「戦争のない世の中」が自分の過ごす周りだけ、だと知っていますが自分に近い人たちがどんな経験をしたのかは知らないのだと思います。

 広島に住むリョウタはバレーボールクラブに入っている小学5年生。同居しているおじいちゃんと釣りをしたり、野菜を育てたりしています。
リョウタが憧れるバレーボール部のキャプテンはレイ。レイは仕事で忙しい両親に代わって育ててくれたおばあちゃんが大好きです。
そんな二人があの日、広島であったことと向き合うことに。

おじいちゃんとの生活の中でリョウタが自然と大切なことを学んでいく出来事からこのお話が始まるのが良いです。釣った魚を「おいしゅうたべてやらんと、ばちがあたる」というのは昔、よく言われたものでした。

日本での戦争体験者の存在が貴重なものになりつつあります。毎夏、戦争に関するこのような本は読まなくてはいけないと改めて思いました。
これからの世の中を作っていく若い人へのメッセージのような1冊でした。

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広島と原爆と戦争。
まだまだ記憶に残っている人がいるけど、だんだんその記憶を持っている人が毎年減っていく事実。
語り継がなければいけないことだけでままならない。
こういう本が【2024年 青少年読書感想文全国コンクール 課題図書】となることが大切だし、
大人も一緒に読んで知ることが大事だと思います。

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