
中三・ラプソディ
花里真希
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刊行日 2025/09/08 | 掲載終了日 2025/08/07
ハッシュタグ:#中三ラプソディ #NetGalleyJP
内容紹介
//「好きなように生きたい」と願う中学生たちへのエール //
イマジナリー・フレンドは、フレディ・マーキュリー!?
合唱コンクールを舞台にした爽快青春ストーリー!
♪-------------------------------------
わたしが三歳のとき、突然いなくなったお父さんが、
いつも聴いていた曲。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」。
合唱コンクールの練習で困っていたとき、音痴な私の目の前にフレディ・マーキューリーがイマジナリー・フレンドとして突然あらわれて、
「自分で解決できることだけ考えたらいい」
「なにも心配することないよ」
といって、クイーンのバラードを歌ってくれた。
♪-------------------------------------
『あおいの世界』で講談社児童文学新人賞佳作を受賞、『ハーベスト』が夏休みの本(緑陰図書)に選出された、花里真希による、「好きなように生きたい」と願う中学生たちへのエール!
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著者/花里真希(はなざと・まき)
1974年、愛知県生まれ。カナダ在住。東海女子短期大学卒業。2015年、『しりたがりのおつきさま』で第7回日本新薬こども文学賞最優秀賞受賞。2019年、『あおいの世界』で第60回講談社児童文学新人賞佳作受賞。その他の作品に『スウィートホーム わたしのおうち』(講談社)がある。日本児童文芸家協会会員。『あおいの世界』が第四回夏休みの本(緑陰図書)に『ハーベスト』が第五七回夏休みの本に選ばれる。
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おすすめコメント
★
「ボヘミアン・ラプソディってどんな曲だったっけ…?」という方へ。
Queen /ボヘミアン・ラプソディを聴いてから本作を読むと
練習シーンや合唱シーンの臨場感がUP!
関連リンクからご視聴ください!
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★★★
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★★
出版情報
ISBN | 9784065409657 |
本体価格 | ¥1,500 (JPY) |
ページ数 | 208 |
閲覧オプション
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15歳にとって合唱コンクールは見取り図
指揮者、ピアノ伴奏者、パートリーダー、音楽教師
それぞれに立ち位置がある ヒエラルキーも存在する
自由曲
歌いやすい曲か 好きな曲か 勝てる曲か ほかのクラスはどうだ
時間がない
部活を引退した 生徒会は後輩へ引き継いだ 志望校は
合唱コンクールへの距離 選択しうるルートの検索
そう 15歳の合唱コンクールは
人生ゲームの大きなターニングポイントなのだ
志望校は どうする?
学力に見合った高校 人生の先達のお母さんの判断する間違いのない選択
いじめ られてたの?
からかわれていただなんて 聞くまで想像すらできなかった
何が悲しいのか 誰に話しかけるのか どんな風に見られてるのか そんなことで悩んでいたのか
その人生 誰のため?
みなさん事件です
中学生の生きづらさの見取り図が 9月8日発刊されます

学校行事の中でも重要なもののひとつである合唱コンクールと、進路や家族関係を絡めた作品でした。主人公の希里、指揮者に立候補した楓太、伴奏者の杉浦さん、練習に真面目に参加しない河内。登場人物たちそれぞれに個性があり、それぞれが成長してゆく様子に共感が持たれると思いました。杉浦さんだけちょっと一足先に進んでいる感じがありましたが、それもみんなを引き上げる存在として魅力的でした。

合唱コンクールは大きなイベント。指揮者もそれなりの人望がある人が選ばれる。のにも関わらず、まさかの人選。しかしそれが功を奏す。
自分の道は自分で決める魔王もかっこいい。
悩みは人それぞれ。人から見れば大したことがなくても自分にとっては悩みの種。
家族の悩み、友達との関わり、様々な切り口ができる本でした。
盛り上げておいて、あの結果だったのは意表をついた。人生そんなに上手くいかないか(笑)

合唱コンクールに向けて「ボヘミアン・ラプソディ」を練習する様子が素敵! 今の子ども達が生き生きと描かれていて、しかも、みんないい子たちばかりで安心して読み進めることができる。盛り上げるためにギスギスした嫌な子たちを出す物語が昨今多いからなあ。主人公の家族の描写もいい。認知症の祖母との関わりも温もりがあるし、母親との対話も背景に愛情があって心に響く。そして、いなくなった父親の事柄については、胸にせまるものがあった。惜しむらくは、「ボヘミアン・ラプソディ」を読者が知っているか、見たことがあるか、聞いたことがあるかという一点だろうなあ。知らないのなら、伝わらないことが多いから。でも今の時代、ネットですぐに探れるから心配は不要かな。素晴らしい物語をありがとうございました。

完全じゃなくたっていい。
心のままに生きようじゃないか!
そんなメッセージが胸に響きました。
読んでホッとできる、
うれしいアイデアが詰まっていますね。
主人公は万能と見られがちな中三少女。
実は音痴というのを隠したい彼女が
合唱のパートリーダーに抜擢され
葛藤まみれで歩んでゆくストーリーです。
頼りなげな少年が起こした小さな風が
クラスを巻き込む大嵐になるとか最高!
誠実で一生懸命であれば、
たとえカッコ悪くても
人の心は動かせるんだと気づかされました。
弱みをさらけ出すことで
心の距離がグッと縮まるなら
無理に強がる必要なんてないのかも。
刺さる発見がたっぷりですし、
これを読めば生きるのが楽になりそう。
私に最も響いたのは
こうあるべきという思い込みは
ときに自分自身をも苦しめるという部分。
もっと自由でいいんだと
物語がやさしく語りかけてくるので
読み進めるほどに気持ちがラクになりましたよ。
こんなに癒されるなんて聞いてない!
合唱で声を合わせないといけないクラスは
個性も難曲もあいまってバラバラ。
彼らの不協和音の行方はどうなる?
嫌じゃない不審者は何者なのか?
そして主人公を悩ませるもう一つの問題とは・・?
気になったらぜひチェックしてみて!
(対象年齢は11歳以上かな?)

合唱コンクールをめぐる物語。テンポよくさらりと書かれているので、とても読みやすかったです。合唱コンクールの練習風景の描写が秀逸で、引き込まれました。ずっといい子を演じ続けてきた主人公が、自分の人生を取り戻す姿に感動します。さりげなく認知症やゲイに関する話題も盛り込まれていて、学びもありました。

親に「学校どうだった?」と聞かれたとき。
テスト前に友達から「勉強した?」と聞かれたとき。
中学時代をリアルに思い出すような問いかけがいくつも出てきて、どこか懐かしく感じながら、どう答えるのが正解だったんだろうと考えながら読みました。
中学3年生ならではの進路のこと、家族のこと、友達との距離感、学校生活での戸惑い。どれもがリアルで、当時の気持ちを思い出しながら読み進めました。
合唱コンクールに向けて、クラスメイトと一緒に一つの歌を作り上げていく姿がとても良かったです。自由曲で選んだ『ボヘミアン・ラプソディ』は難しいけれど、少し背伸びをしていて、それがまた中学生らしくて格好いいなと感じました。
「スムーズにいくだけが人生じゃないから」ピアノ伴奏の杉浦さんのこの言葉が胸に残りました。中学生に限らず、大人だって悩み続けるものです。でも正解なんてきっとひとつじゃない。回り道をしたり、誰かの期待に応えられないときもあるかもしれない。だけど自分で選んだ道がきっと自分にとっての正解なんだと、不安を抱えている人の足元に灯りを灯してくれる作品です。

中学校の合唱コンクールでクイーンのあの名曲を歌おうなんて!表紙絵の意味が分かって一人でニヤニヤしてしまいました。クラスにはもちろんいろんな子がいます。ずっといい人でいるために努力している子。内向的だけど変わりたいと行動した子。孤高の人と皆から避けられがちな子。それぞれの一生懸命が眩しい!誰もが体験してきた合唱を通してのお話だから、練習がうまくいかない時のどんよりした空気とか、完成に向けての高揚感など、なつかしくてじんわりしてしまいました。もっと早くクラスの団結ができて優勝!でなくて、リアル中学生ならこんな感じがいいです。皆で一つのことを成し遂げるって一生の宝物ですね。

クイーンのバンド、フレディ・マーキュリーが作詞作曲で歌うあの有名な曲『ボヘミアン・ラプソディ』。その曲が合唱曲!?しかも歌うのは中学3年生!?もうこれだけで読む気まんまんになり、最後まで飽きずに楽しく読めた。登場するのは3年2組の生徒たちで11月に行われる「合唱コンクール」に向けて音楽の授業で練習を開始することになる。主人公は勉強も運動も何でもできて、生徒会の役員までやっている「なんでもできる季里ちゃん」こと紺野季里。でも季里にも実は人には言えない悩みがあった。それは「音痴」ということ。合唱は、一人でがんばって仕上がるものでもない。メンバー一人一人が練習をし、曲を理解し、心をひとつにしなければ歌えない。優しいけど地味で目立たない指揮者の颯太、「魔王」というあだ名をつけられいつも一人でいる杉浦さん、男性パートリーダーなのに不真面目で練習にはあまり積極的に参加しない河内など、まとまらなそうな生徒たちが『ボヘミアン・ラプソディ』を英語で歌う。物語では、主人公季里の家族関係(父、母、娘、祖母)や、突然季里の前に現れたイマジナリー・フレンドのような人物(フレディに似ていた!)にも焦点をあて、3年2組の生徒たちが「合唱コンクール」へ向かうラストまでが爽やかに描かれる。気持ちが明るくなるようなこんな児童書もいいな、と思わせてくれる本だった。

合唱コンクールに向けてのクラスでの練習風景がありありと目に浮かんできました。
クラスの生徒たちにはそれぞれの個性や事情があります。
クラス替えからしばらくすると、お互いの位置付けのようなものも固まってくるでしょう。
そのような中で、かんたんに「心を合わせて」とはいきません。
それでもどうにかして前に進みたいと悩み、行動する生徒たちが愛おしくなります。
勇気を出して話すことによって家族や友人との緊張関係がほどけていくところにもほっとしました。

中学3年生の合唱コンクール。その自由曲に「ボヘミアン・ラプソディ」を選んだ3年2組をめぐる、ちょっと不思議で、まっすぐな群像劇。“音痴”の悩み、仲間の衝突、そしてイマジナリーフレンド?
⸻
大学時代、混声合唱団でバリトンのパートリーダーをしていたことがあるので、季里の不安や奮闘がひしひしと伝わってきた。発声練習の光景にも、懐かしさがこみ上げてくるのを感じながら読んだ。
中学校最後の合唱コンクール。その指揮者に立候補し、「ボヘミアン・ラプソディ」を選んだ颯太。気の弱かった彼は、この挑戦をきっかけに変わろうとしていた。たとえ自分が大きく変われなくても、周囲の見方はきっと変えられると信じて。
それに、いや「ボヘミアン・ラプソディ」に賛成する季里。だが、彼女には決定的な悩みがあった――音痴なのだ。それを隠しながら「賛成」と最初に手を挙げた時点で、もう物語は動き出していた。
季里が「ボヘミアン・ラプソディ」を覚えていたのは、幼い頃に姿を消した父が愛していたから。顔も、声も、写真すら残っていない父。思い出せるのはこの曲だけ。そんな喪失感と向き合いこの曲にこだわる季里の姿に、胸が締めつけられた。
音取りが始まり、パートリーダーとなった季里は、キーボードを弾きながら自分の声を出さないように逃げる。しかし、やがて訪れる音合わせ。読んでいて気が気でなかった。
そんな彼女の前に現れたのが、「イマジナリーフレンドみたいなもの」と名乗る、クイーンのメンバーでボヘミアン・ラプソディを作詞作曲したその人、フレディ・マーキュリー。まさかの登場だが、彼はこの物語の中で、本当に必要な存在だったとは。
なんでもできると思われる季里は、「歌も上手くなければならない」と思い込んでいる。そんな呪いのような思い込みに、フレディは静かに、でも確かに一石を投じる。彼の個人レッスンが始まり、ピアノ伴奏の杉浦もそれとは別に季里を助けていく。
「決めるのは私」と言い切る杉浦の強さに触れ、季里は気づく。自分がこれまで頑張ってきたのは、母や周囲の期待に応えるためだった、と。だからこそ彼女は、今度は自分から誰かを支えようとする。杉浦を、そして仲間を。
一方、颯太は信念で指揮者になったものの、計画性もリーダーシップもない。それでも、彼を盛り立てようとする空気が教室に広がっていく。クラスは、少しずつだが確実に変わり始めているのがわかった。
父や祖母のことで心が揺れる夜。そんな時、そっと現れて歌を聴かせてくれるフレディ。イマジナリーフレンド“もどき”かもしれないけれど、本当に彼に感謝したくなる。 本当にあたたかな伴走者だった。
母と初めて真剣に進路について話す季里。それができなかったのは、「父のように、母も自分のもとから去ってしまうのではないか」という、口にできなかった不安があったから。杉浦の生き方に触発されたその告白には、胸が詰まった。
放課後の自主練での衝突。各自の引け目や癖、譲れない部分がぶつかり、クラスは一時崩壊寸前に。でもそれが、〈雨降って地固まる〉の展開へと繋がる。人は、完璧じゃない。でも、みんなとならやっていける。そう思える瞬間が、ちゃんとこの物語にはあった。
そして迎える合唱コンクール当日。緊張でガチガチの3年2組。練習不足、不安、英語の歌詞……それでも、不安を互いに口に出せる関係になっていたのは、クラスが一つの「集団」となった証だと感じた。
そんな中、季里の言葉が突破口になる。不安を押し殺すのではなく、そのまま「ボヘミアン・ラプソディ」に重ねて歌うという選択。「上手く」ではなく、「自分達らしく」歌う。それこそが、クラスとしての、この曲への向き合い方だった。
観客席からのフレディの視線を感じながら、客席の暗がりで微笑む姿を思い描きながら――
颯太の指揮と杉浦の伴奏で、「ボヘミアン・ラプソディ」は響き始める。
⸻
読み終えて、もう一度装丁を見た。最初は誰が誰だか分からなかった。でも今なら分かる。左下で小さく、でも確かに輝いているのは、もちろん、あの人だ。

イマジナリーフレンドはフレディ・マーキュリー?
…なんて書かれていたのでもっとイマジナリーフレンドが出てくるかと思いきや、
登場機会は(主人公の期待にも反して?)それほど多くなく、
思っていたよりも「家族」の要素の強い物語という印象を受けました。
中学生×合唱コンクールなので、クラスメイトとの関係ももちろん大きな要素ではあるけれど、
一緒に暮らす母と、祖母と、いまは一緒にいない父とに対する主人公の思いが、
このお話において、主人公の気持ちを揺さぶるかなり重要な要素の割に作品紹介では影が薄い気が。
母との認識の違いを後半確認する場面がありますが、
子どもは大人が思っているよりもっと大人を見ているんだよなぁと思いつつ、
そうはいっても大人は子どもが期待するほど完全ではないから、
そこのあたりの齟齬を埋めるのも家族を続けていくうえで大事だなと思いました。
友人関係でも木津井のいろいろあるお話だと思うのですが、
それ以上に家族だからといってわかっているつもりで相手を判断すると、
実は独りよがりになっていることもあると気付かされるお話でした。

主人公の季里はもちろんのこと、クラスメイトたちもそれぞれに事情があって、そこから逃げたり立ち向かったりしながら成長していく様が気持ちよかった。イマジナリーフレディ、私もあってみたいです。ボヘミアン・ラプソディは名曲です!

学生時代の青春の1ページのなかでわりと大きなイベントとして記憶に残りがちな合唱コンクールが舞台の物語。
主人公は何事もそつなくこなす優等生タイプ。しかも気さくなので友人も多い…けど、音痴なのをひた隠しにし、歌わなくていい立場の指揮者になれなかったため、中学最後の合唱コンクールに大ピンチを迎える!
何故か、合唱の練習のせいで、現状抱えているコンプレックスだけではなく、周りに自分がどのように認識されていたのかを気にするようになり、同居している祖母のなぞの行動に振り回され、疑問を持ってなかった進路についても惑うように…。
悩み多き中学生が、一進一退しながらも自分にとっての“最良”を導きだすまでの過程が、理知的だけど等身大なかたちで深刻すぎず描かれていて、これが、合唱コンクールに絡まって爽快な気持ちにしてくれる作品でした。

勉強も運動も「何でもできる」と思われている中三の希里は、唯一音痴なのが悩み。ところが合唱祭の選択曲に難曲「ボヘミアン・ラプソディ」が選ばれて、さあ大変。進学先も決めなきゃならないけど、お母さんの言いなりに進学校に進んだら自分の人生じゃないみたいな気がしてきて・・・。
昨今は児童文学であっても、けっこうディープな不遇や闇の描かれた作品があるけれど、この作品はもう、良い意味で古典的、良識的、優等生的な一作。
ヒロインの希里は父親が蒸発した家庭の一人娘で、看護師の母親と、認知症が始まった祖母を助け、健気に家事も引き受けている。
級友たちとはいわば「等間隔外交」か。どの子とも如才なく仲良くしてはいるようだけど、特に腹心の友みたいのはいない感じだ。成績の良い子にはありがちなタイプですよね。
そんな希里のキャラがよく表れている箇所がある。一学年下の男子が母親から「学校どうだった?」と聞かれて舌打ちしたという話を聞かされ、彼女はこう独白するのだ。
圭くんの舌打ちしたくなる気持ちは、わかる。
「学校どうだった?」って聞いてどうするの? と思うし、世界中で戦争や災害が起きてる中で、勉強なんかしてる場合なのかな、とか考えることもある。
でも、それをわざわざ態度に出すのは幼稚だと思う。
「学校どうだった?」と聞かれたら、「ふつう」とか言っておけば、それ以上話はややこしくならないし、子どもが世界の紛争をどうにかできるわけじゃないんだから、今は勉強しておけばいい。
ね? ただの「いい子」ではなく、ちゃんと反発心も懐疑心も持っている。持っていながら、賢明に世界と折り合いをつけている。折り合いをつけられずにいる子に共感は覚えるが、かといって、その感情に流されることはない。
せっかくの親子の会話を「ふつう」ですまされてガッカリしている現実の親御さんたちよ、今後は舌打ちされるよりマシだと心得よ。
賢明さや健気さでは、しかし音痴は克服できない。少なからぬ級友にその弱点を悟られていたと察した希里は、ついにテンパり、魔王とあだ名される孤高のピアノ少女、杉浦さんに助けを求める。
苦手なタイプだと勝手に決めつけていた杉浦さんに即席の歌唱指導を受けながら、想定外の相互理解を深め、生きる姿勢にまで影響を受けていくていく希里。このプロセスは本作中の白眉ではあるまいか。
そうかといって、杉浦さんはいわゆるツンデレ・タイプではなく、依然として歯に衣着せない孤高の魔王なんだよね。2人を一気に親友にしてしまったりしない作者の抑制が素晴らしい。
著者、花里真希の綴る日本語はよどみなく、希里の一人称でとんとんと物語が進んでいく。プロの小説家なんだから当然だろうというなかれ。文体がけっこう読みにくかったり、てにをはまでおかしかったりする小説家もいますからね。
対象となる読者が中学生であることを考えれば、このリーダビリティは単に著者の強みとなるだけではなく、次世代の読書人口の確保という観点からも貴重だろう。
ついでに根拠のない想像をさせていただくと、花里さん自身も希里みたいに「何でもできる」良い子だったのではないかしらん? そうでなかった子は、そういう子をこれほど肯定的には描かないだろうからな。
最後に余談をひとつ。
今どきの学校現場では男子でも教師や級友から「さん付け」で呼ばれるという噂は耳にしていたのだけれど、う~ん、本当にこういうことになっていたのか・・・。
#中三ラプソディ #NetGalleyJP

合唱コンクールは学生時代のとても重要な思い出で、当時の友人とカラオケに行くとたまに歌ったりします。大人になると合唱をする機会はそうありません。青春を思い出させてくれる素敵な物語をありがとうございました。
私は中学生のころ、こんなふうに自分の意志で何かを決めたりすることはなかったと思いますが、進路や行事や友人関係など、面倒なことにあんまり深く考えず飛び込むチャンスは今よりもたくさんあった気がします。何かを決めたりすると些細なことでも後悔したり恥ずかしくなったりしてしまう自分だけれど、それも人間としての深みが増したと思えたら。この先も目には見えない父親やフレディの存在が、季里ちゃんを立ち上がらせることがあるはずです。言わないから知らないだけで、一人一人どんな人にも、強く見える人にも自分とは違うと感じる人にも、そういう存在があるのだと思いました。子どもだけでなく大人が読んでもとても学びがある作品だと思いました。映画『ボヘミアン・ラプソディ』見たくなりました。読みながら何度も曲を再生せずにいられなくなりました!