時の家
鳥山まこと
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刊行日 2025/10/21 | 掲載終了日 2025/10/20
ハッシュタグ:#ジャガーワールド #NetGalleyJP
内容紹介
// いしいしんじ氏 & 松永K三蔵氏、推薦!//
ここで暮らしていた人々の存在の証を、
ただ、描きとめておきたい。
三田文學新人賞でデビューした注目の小説家が
傑出した完成度で紡いだ、あたらしい建築文学!
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「大切に建てられた一軒の家に、ひとの気配がやどる。流れる時のすきまから、あまたの声がもれだしてくる。いつかまた、この本のなかに帰ってこようと思った。」
――いしいしんじ
「紐解かれていく「時の家」の記憶は、語られなかった想いに繋がる。物質(モノ)がこれほど繊細に語り得る小説を私は知らない。」
――松永K三蔵
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青年は描く。その家の床を、柱を、天井を、タイルを、壁を、そこに刻まれた記憶を。
目を凝らせば無数の細部が浮かび、手をかざせば塗り重ねられた厚みが胸を突く。
幾層にも重なる存在の名残りを愛おしむように編み上げた、新鋭による飛躍作。
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著者/鳥山まこと(とりやま・まこと)
1992年兵庫県宝塚市生まれ。2023年「あるもの」で第29回三田文學新人賞を受賞。建築士でありながら、作家として執筆活動をしている。本書がはじめての単行本。ほかの作品に「欲求アレルギー」(「三田文學」2024年春号掲載)、「アウトライン」(「群像」2024年11月号掲載)などがある。
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★★★
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出版情報
| ISBN | 9784065412275 |
| 本体価格 | ¥1,900 (JPY) |
| ページ数 | 144 |
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NetGalley会員レビュー
レビュアー 1377506
圧倒的文字数。
139ページとは思えない文字数と、読後感。
語り手が人間ではない方が、感情が動くのかもしれない。のめり込むのかもしれない。
ミステリじゃないのに、何度も読み返したいし
なにより自分の大切な人に読んでもらいたいと思った。
読書が好きではなくても、ぜひ読んでもらいたいと思ったのは初めてかもしれない。
たくさんの人に届いて、文庫化もしてほしいです。
ずっと手元に置いておきたい作品。
ありがとうございます。
レビュアー 1873581
読みはじめはなんだか勝手がつかめません。
今はもう誰も住んでいない家の中で、外からの熱を受けて木材が、ガラスが、床が膨張と収縮を繰り返し音をたてます。
しばらくすると青年がその家に忍び込んできて、壁や取ってなどのスケッチをはじめます。
勝手がつかめないのは、どうやら語り手が不在。
いや不在ではなく初めから雄弁に語っている。
人ではなく家が。
無機物の語りというのはぶっきらぼうだし、人間と時間軸の捉え方違うみたい。
その家の始まりから住みてが移り変わり誰もいなくなるまでの長い時間が、透明な層になって重なっている。
その透明な層を真上から見ると、それぞれの時間は同時になる。
私たちは時計や日付で時を認識するけれど、家は汚れ、窪み、傷などの部屋の中の位置で認識しているようだ。
家の記憶といままでその家で過ごした住民の記憶が、今も部屋の隅々に残っている。
住民たちの語られなかった思いを、家は黙って耳にしていたのか。
誰にも知られていない無名の家の語りを聞いてみませんか?
レビュアー 1469440
忘れなれない作品になる
ひとを現わすとき どんなことが得意なのか その言葉選び 言い草
その特異的表現に 文章題のマルつけが 今ならいくらでもできそうに思う
ひとをあらわす時の 長さを計るときのくだりに 著者の意気をみた
ほかに類をみない 家物語だった
家の造りがいちいち気になりだし 柱の傷を撫でたくて仕方ない 壁の染みが語り出しそうだ
震災があり 感染症があり 別離があり 人は未曽有に遭い続ける
生きてゆく覚悟を決めるとき そこにはもういないひとの思い
生きるとは 住むとは 諭さない導かない
近い将来直木賞候補に挙がり、海外からファーがあるだろう
しかし翻訳ではなく「時の家」を読むために日本語を学ぶ、その労苦に値する
時を重ね
この灼熱も 生の重みも 空虚も 一本一本も 一つひとつも 意匠の意味も
文体も抑揚も柔らかさも すべてが 日本の言葉で感じ入ってほしい
ガタン 一つの扉を閉めるように 暮らしへの視点が音を立てて変わった
意識 心が向く方向 細部 ちいさきこと そこそこ そこなんだよなあ
もともと自覚していた好きだなぁとは異なる、奥底に潜在していた
こういうとこ好きだよねを見事に探り当てられた
頁以上にかけた時間を同行してくれた番茶と鈴虫に感謝
レビュアー 513020
住む人がいなくなり荒れた家に侵入したある青年。元の施工主と知り合いだった彼は、生活で刻まれた痕をスケッチしていくのだが・・・。
阪神、東北の二度の大震災やコロナ禍といった価値観の変容をもたらす大きな出来事から親しい人との死別・離別や塾の開設といった私的な出来事までさまざまな時に様々な分岐を経た営みを柱や取手といった物に託し家が語り掛けているかのようだ。そして設計に託した想いや各住人の営みで得た感情や記憶は色鮮やかでありながらパステル調でもあり、そしてモノクロになっていくように思えるのは時の無常か。解体され外界と隔てる物がなくなった際、記憶はスケッチに封じられたのか、空気に拡散したのか思いを寄せるような作品。
レビュアー 781279
どこからともなく語り手が絶えず語りかける。
140P弱とは思えないほどの圧倒的な濃密な人間関係と、漆喰のように塗り重ねながら記憶が吐き出されていくようだった。
一文でも読み飛ばしてしまえば、私はこの物語に置いていかれてしまう。そんな気がしてゆっくり時間をかけて読んでいた。
語られる震災の記憶、コロナ禍のこと、家族との記憶。忘れていることや知らない世代がいること。思い違いをしていること。人が出会い思いが交差しても、同じ道をたどることはない。
「そもそも死んでしまったことと長く会えないことって、どう違うんやろ」この言葉を忘れることはないと思う。私も長く会えない人を思い出した時、同じように感じたことがあるからだと思う。
何年か経て読み返した時、この本の内容の記憶は全く違ったものになっているのかもしれない。そんな曖昧な記憶をも包みこんでくれるようで読み心地がよかった。
教育関係者 645139
《描かれた家の中に、時が棲んでいる》
藪が描いた、装飾語の密林のような絵に息をのむ。
その密度に呼応するように、青年もまた、家を描きはじめる。
青年の描く線の一本一本が、家の生き写しになっていく。
そこに住んだ人々──脩、啓介、緑、そして教え子たち──の時間までもが、絵の中に取り込まれていく。
読者もまた、取り込まれるように文を追っていく。
タイル一枚、フローリングの窪み一つ──
青年が描いているのは、今の家なのか。それとも、もう存在しない祖父母の家なのか。
やがて、40年前にこの家を建てた男・藪と語り合い、その風景までも描きはじめる。
時間が、歪んでいる?
過去と現在、人と記憶の境界が、絵の中で曖昧になっていく。
そして、とうとう家の取り壊しが始まる。
記憶たちは行き場を失い、青年の存在さえも揺らいでいく。
ラスト。
基礎だけが残った場所の中央に立つ青年は、何かに導かれるように、ただ静かにその形を紙に写し取っていた。
これが終わりだったのか。
それとも、始まりだったのか。
「家ってのは、時の幹やから」
藪の言葉が、すべてを繋いでいるような気がした。
読むこと。それは、受け入れること。
ただ、受け入れること。
──きっと、それが、この本の読み方なのだ。
レビュアー 1650304
野間文芸新人賞の候補になったことがきっかけで気になり、リクエストしました。とても真剣な小説だと感じました。面白いと思ったのは視点です。青年、藪さん、緑、圭さんと主に四人の記憶が交錯しながら物語は進みますが、その四人が語っているというよりは「家」が四人のことを語っているように思えました。この本の主人公は藪さんが建てた家なんですね。「家」は藪さんや圭さんを「〜さん」と呼ぶのに、緑だけ呼び捨てというのもこだわりを感じます。
家に関する描写はとても緻密で、一番力が入っていると思いました。建築用語は身近な言葉ではないので少し難しいですが、現場で実際に使われているような言葉で書かれていることに作者の真剣さを感じました。家という存在に真正面から向き合った小説だと思います。
出版事業関係者 869218
人は、楽しいことも辛いこともいつの間にか消えるように忘れてしまう。最近の新型コロナ禍のやり切れなさ、本作にも登場する3.11や阪神淡路大震災さえも“過去”として人がずっと思い残し続けることは難しいことである。しかし、その空間に入ればその残り香が出来事を想起させることは他聞にある。本作はその空間による思い出しと喪失に依る物語と思いました。たしかにそうだなあと物語なのだけれど納得させられる部分も多く、著者さんが現役の建築家さんだと末尾の著者紹介を読んで表現の凄みは実体験からだったり?と納得感がありました。
レビュアー 1116323
『芥川賞ノミネートに期待!』
ある一軒家の歴史を紡いだ建築文学。「家」とは一体何か。生活の基盤であり、人生で一番高い買い物であり、常に思い出と共に寄り添うもの。いずれも正解であり、答えは人それぞれだ。そんな中、作者の鳥山氏は作中で家を「時の幹」と表現する。この言い回しにこそ、本書のすべてが詰まっている。
本書はこの家にかかわりのある人々の視点から描かれる。この家を設計した建築士の藪さん、夫の海外赴任から単身で帰国して学習塾を開校した緑、夫の脩さんとともに暮らした圭さん。そして空き家になり、解体の危機に瀕した家に忍び込む青年。
家の歴史とともに家族の思い出があり、木材の匂いや人の気配、時間の経過が描写から感じ取れる。滑らかな文章で、シームレスに視点と時点が切り替わってシンクロする。「時の幹」の描写がとても美しい純文学作品である。次の25年下半期 芥川賞候補作にノミネートされることを期待したい。
レビュアー 1121163
静かな語り口で始まり、最初は物語がどこれ向かっているのか…語られているのは家の記憶?
人間は忘れていく生き物。
家が彼らを忘れず、そして去っていく彼らをそのまま受け入れているような印象です。
彼らを通して家がそこに大きな存在としてあったこと、時が流れていく中で彼らが過ごしている時の記憶が淡々としつつも、輪郭を持って頭の中でイメージが膨らんでいきます。
このページ数なのに、深くずっしりとした内容で、ぜひ映像化してもらいたいと思う作品です。
レビュアー 1114213
「家っていうのは時の幹だから」
35歳になる青年はかつて暮らしていた家で思いを巡らせる。
「自分は一体これまでにどれほどのものを掬い損ねてきたんだろうか」
記憶というものの曖昧さ。
取り壊される家とあの時の記憶や感情。
教育関係者 528943
一つの「家」と人の歴史。その家に住んだ人たちの記憶と、家が見てきた彼らの記憶と。手を伸ばせば届きそうな距離に家と人の息遣いが感じられる、静謐を湛えた建築文学。
会わない事と会えない事、過去と思い出と記憶、同じようで同じではないあれこれを沢山考えさせられた。限りがある故の怖さと尊さに満ちて、「メメントモリ」を辞書で引いたらこの作品が出てきそうだ、とふと思った。