見えるか保己一
蝉谷めぐ実
ログインするとリクエスト可能か確認できます。 ログインまたは今すぐ登録
出版社がKindle閲覧可に設定した作品は、KindleまたはKindleアプリで作品を読むことができます。
1
KindleまたはKindleアプリで作品を閲覧するには、あなたのAmazonアカウントにkindle@netgalley.comを認証させてください。Kindleでの閲覧方法については、こちらをご覧ください。
2
Amazonアカウントに登録されているKindleのメールアドレスを、こちらにご入力ください。
刊行日 2026/03/13 | 掲載終了日 未設定
ハッシュタグ:#見えるか保己一 #NetGalleyJP
内容紹介
その涙も、その献身も、己にはわからない。
――目が見えぬからわからない。
江戸時代、国内最大の叢書『群書類従』の編纂に生涯を懸けた、全盲の学者・塙保己一。盲人とは思えぬ前代未聞の偉業の傍らに常にあったのは、目明き――妻、学者仲間、門弟らとの、すれ違いだった。 “天才・塙保己一”の目に映っていたのは、絶望か希望か、それとも――。「あのお方は、我々には見えぬものまで見えているのさ」
その涙も、その献身も、己にはわからない。
――目が見えぬからわからない。
江戸時代、国内最大の叢書『群書類従』の編纂に生涯を懸けた、全盲の学者・塙保己一。盲人とは思えぬ前代未聞の偉業の傍らに常にあったのは、目明き――妻、学者仲間、門弟らとの、すれ違いだった。 “天才・塙保己一”の目に映っていたのは、絶望か希望か、それとも――。「あのお方は、我々には見えぬものまで見えているのさ」
おすすめコメント
2020年に小説 野性時代新人賞を受賞したデビュー作『化け者心中』以来、次々に話題作を上梓してきた蝉谷さん。そんな “ばけもの作家”の約2年ぶりの新作は、歌舞伎の世界を初めて離れ、江戸時代の全盲の学者・塙保己一を主人公に据えた物語です。しかし、蝉谷めぐ実が書くからには、ただの偉人伝になるはずもなく! “盲”が理解する〈現実〉と、“目明き”にとっての〈現実〉とのズレ、相違……それゆえ生じる葛藤や苦しみが濃密かつドラマチックに描かれます。さらに、これまでも独自の文体を追求してきた著者が、本作ではそこから「視覚」を排し、四感による表現で「未だ読んだことのない文章」を目指しました。
軽々しく使いたくない表現ではありますが、間違いなく現時点での著者の最高傑作だと思います。是非お楽しみいただけましたら幸甚です。
出版情報
| 発行形態 | ハードカバー |
| ISBN | 9784041160329 |
| 本体価格 | ¥1,850 (JPY) |
| ページ数 | 352 |
閲覧オプション
NetGalley会員レビュー
教育関係者 645139
《見えないからこそ、
見ようとし続けた人生があった》
偉人について語るとき、「一般相対性理論を発表したアインシュタイン」というように、業績と名前だけで語られてしまうことが多い。
だが、そこに至るまでの過程は必ず存在する。
だからこそ〈伝記〉や〈評伝〉が書かれる。しかし多くの場合は客観性を重んじるあまり、努力や悩み、葛藤といった内面には深く踏み込まない。
しかし、本当に大切なのはそこに至るまでの本人の心の内、そして、その内面から形づくられた生き方ではないか。
ただ、それをどのように描けばよいのか、その手立ては想像もつかなかった。
本書『見えるか保己一』を読んで、それを伝えるためには、事実に基づいた〈小説〉という形式こそが最適なのだと気づかされた。
盲目でありながら、40年以上をかけて『群書類従』という日本最大級の叢書を編纂した国学者・塙保己一。
その生き様と、常に付きまとう相剋を描くには、この方法しかなかったのだと思う。
また本作は、これまで歌舞伎を題材とした時代小説を中心に書いてきた蝉谷めぐ実先生にとって、実在の人物の生涯に正面から向き合う新境地の作品でもある。
その繊細な心理描写に惚れ込んできただけに、心して読まざるを得なかった。
《 以下 ネタバレ注意 (※承認済み) 》
『第1章 蚕の子』
目が悪くなっていく辰之助のために、必死に手を尽くす母・きよ。
最初はそれが、盲愛のようにも見えた。
だが、失明後も辰之助の「目の代わり」となり勉学を支え続ける姿を追ううちに、それは我が子の歩む道を少しでも広げたいという切なる願いだったのだと感じさせられる。
この願いと、それによって芽生えた向上心が、辰之助――後の塙保己一の心の最奥にあり続けたのだろう。
目が見えないがゆえに、常人ならば頂きで満足するところを、なおも登り続ける。
その真剣さと実直さが胸に迫る。
蚕は目が見えず、全てに世話を必要とする。
この村は、そんな蚕の住まうべき場所だったのかもしれない。
だが辰之助は、自らの才を信じ、そこから踏み出していく。
⸻
『第2章 牛ヶ淵の水』
江戸に出た辰之助――千弥は、挫折の連続を味わう。
江戸は、生きるために他者を利用する場所。
村で大切に育てられてきた千弥にとって、あまりにも生きづらい世界だった。
盲であることを武器にする生き方を否定し、学問の道を志す千弥。
だがその才は晴眼者に利用され続け、ある決断へと追い込まれていく。
生還後、名を改めた彼を見つめる晴眼者たち。
その視線の違いの中で、彼は学問によって対等であろうとする。
幼いころに目が見えていたからこそ抱いた、「対等であるべきだ」という強い思い。
それは意固地にも、滑稽にも、哀れにも映る。
だがそこにこそ、人の業の深さがあるのだと感じさせられる。
⸻
『第3章 手に触れて』
保木野一こと保己一は、学者として名を馳せ、門弟を抱えるまでになっていた。
音や手触りから空気を読む力も磨かれ、心の棚には数百冊の書の声が整然と収められている。
だが、人と心から交わることの難しさだけは、簡単には克服できない。
だからこそ、ある手のぬくもりがもたらす喜びは大きい。
その存在をきっかけに、保己一の歩みはさらに大きな事業へと向かっていく。
しかし、共に生きる者の胸の内を思うとき、単純な美談では語れないものが浮かび上がる。
象徴的に描かれるある行為が、「見える」という言葉の意味を深く問いかけてくる。
⸻
『第4章 墨と血』
『群書類従』――千二百余の文献を、二十五部門、六百余の叢書にまとめる一大事業。
目明きだからこそ見えるものがある。
盲だからこそ感じ取れるものがある。
それは相剋ではなく、相補なのではないかと考えさせられる。
しかし、出来事をきっかけに広がる溝。
国学者としての評価と、人としての評価が乖離していく様は痛ましい。
そんな保己一を支え続ける存在が、少しずつ彼の在り方を変えていく。
ある人物の誠実さもまた、静かに伝わってくる。
⸻
『第5章 見えるか保己一』
36年をかけ、『群書類従』は完成に近づく。
齢70の保己一の佇まいには、かつてとは異なる静けさがある。
かつて投げかけられた問いが、今度は別の響きをもって返ってくる。
そして彼自身もまた、自らの歩みを振り返るように問いを重ねる。
それぞれは、何を見たのだろうか。
⸻
『第6章 版木蔵にて』
夜の版木蔵で描かれる、ある再会の場面。
過去に背負ったものも、赦せなかったものも、静かにそこに置かれていく。
そこにあるのは断罪でも和解でもなく、ただ“その人であること”を見つめる時間だった。
交わされる言葉が、それまでの物語の意味をそっと揺らす。
読み終えたあと、
「保己一は、いや自分は何を見てきたのか」を、考えずにはいられなかった。
書店関係者 940038
称賛される天才の背後で、見える者たちから滲む疲労や諦め、寂しさが伝わってきて、胸がちくっとしました。
同時に、保己一が抱える〈目が見えない〉という事実だけでは語り尽くせない不自由さやもどかしさがひしひしと迫り、天才としてではなく、一人の人間としての葛藤を身近に感じさせられます。
ひとは一人では生きられない。でも他者と生きることも難しい。
現代を生きる私たちの人間関係や、他者との心の距離にも静かに問いを投げかける一冊です。