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レビュアー 502804

―― この世界は残酷で、理不尽で、それでもきっと救いもある。大切な痛みと温かさに気付かされる物語 ――

出会いは偶然で読んだのは必然だ。たまたまNetGalleyを始め、Twitterでお勧めされているのを見て興味を持った。著者の人柄にも惹かれたが、一番の理由は口コミだ。いつからだろう?何かを買う前にネットで評判を調べるようになったのは。家電、化粧品、薬剤、そして書籍とありとあらゆるモノの口コミがネットには溢れている。顔も知らぬ何処かの誰かと、私達は緩い繋がりを持つようになってしまった。

この作品は、そんな時代だからこそ起こりうるテーマに向き合っている。「これが書きたい」という作者のメッセージが見事に表現されており、読みながら何度も何度も考えさせられた。ある場面では息を忘れ、胸が締め付けられた。だが見事なのは、それが決して鼻に付かない構成と文章力だろう。少年と少女の成長を描きながら、難しい問題に真っ直ぐに向き合い、なおかつ物語として自然と心に染み入ってくる。デビュー作とは思えない完成度で、尊敬の念に堪えない。


物語は水品さんに誘われた怪しげなアルバイトから始まる。主人公はごく普通の冴えない高校生の少年。不思議なタイトルで目を惹かれ、日常ミステリーとして疑問や推理を思い浮かべながら、するりと物語に引き込まれていく。時が経つのを忘れ、気がついたら読み終えている。面白いと無邪気に笑える軽さや薄さなのではなく、見知らぬ家への訪問一つとっても、読みながらその光景が浮かんでくるからなのだろう。文章の色を感じながら、登場人物達の心情を想像しながら、自然と物語の中に取り込まれ、彼らを見守っていた。

描かれるのは時代劇でもファンタジーでもない、現実社会でも起こりうる話である。
顔も知らぬ何処かの誰かの向こうに、ちゃんと人が居ることを改めて考えさせられる。
この世界は、理不尽で、残酷で、遣る瀬無い気持ちになる事だらけで、それでもきっと救いもある。
大切な誰かだったり、たった一つの言葉だったり、小さな奇跡だったり。


これは冷たさも温かさもある、「普通の世界」が描かれた物語。
心に傷を抱いた少年と少女が出会い、過去に立ち向かって乗り越えていく物語。
他人の痛み、温かさ、大切さを感じ、心が様々な感情で揺さぶられ、最後に暖かな読後感が生まれる。
主人公と同世代の中高生から大人まで、幅広い世代に是非読んで欲しい名作である。
願わくば、学校の図書室に置いてほしい一冊だ。

ぜひ本作品をお好きな書店で注文、または購入してください。