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カバー画像: 伊達女

伊達女

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レビュアー 633752

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収録されている短編は5本。
それぞれが別の女性に焦点をあててはいるが、共通しているのは政宗に関係する女性ということ。話そのものは1本目から5本目まで時間の流れと同様に進んでいくので、素直に1本目から読むのがよさそう。
敢えて1本を選ぶとすれば、3本目の片倉喜多の話がよかった。
伊達政宗を語る場合に、必ずといっていいほど名前の出てくる男が、政宗の右腕ともいえる片倉小十郎景綱。喜多はこの小十郎の姉であり、政宗の保姆(養育係)という立場にあった。
作品のタイトルとなっている「伊達女」とは「粋な女」という意味だそうですが、この片倉喜多に合わせれば、見た目だけの粋ではなく、心に折れない信念を持った内面の美も含まれているのではないだろうか。喜多は結婚はしていないが、相手がいなかったわけではなく、小十郎と政宗を育て導くという、己に課せられた責に向かい合い応えた結果であるといえる。
作中で喜多のとった行動というのは、伊達家のことを考えれば正解だったのだろう。ただ、政宗がそこに気が付かないほど盲目になっていたのだろうか。喜多もそこについては淡い期待もあったかもしれないが、体面としてやはりその判断はできなかったに違いない。
伊達家という、大きな集団の将来を考え、喜多という個は犠牲になる。それも自発的な意思によって。おそらく、現代の私たちから見れば不幸な出来事に感じるかもしれないが、喜多にそのような感情があったのだろうか。今となっては知ることはできないが、政宗の存在感を聞くたびに、自分の判断は間違っていなかったと安心していたのではないだろうか。
喜多の話に限らずこの作品は、戦国時代という「男」が主体の時代に対し、真正面から立ち向かい、乗り越えようとした「女」の側から見た話なのだろう。
タイトルの伊達女とは、信念を持った女性とは、そんなことを全面に出さずとも読み手に感じさせる作品でした。

ぜひ本作品をお好きな書店で注文、または購入してください。