メメントラブドール
市街地ギャオ
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刊行日 2024/10/24 | 掲載終了日 2024/11/01
ハッシュタグ:#メメントラブドール #NetGalleyJP
内容紹介
第40回太宰治賞受賞作&
第46回野間文芸新人賞候補作!
新宿区在住♡20代♡裏アカ男子♂の令和五年
形のない「私」を言葉で照らし出す著者の狂いのなさに、
読む者は狂い出しそうになるだろう。
事件は起こらない。しかしこの小説の誕生は事件だ。
――金原ひとみ
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なにもかも守れていないから
私のところに来るんじゃないの。
「私」にはいくつか顔がある。マッチングアプリでノンケの男を釣って喰っては「たいちょー」として行為シーンを裏アカに上げ、平日昼間はSIer企業の院卒若手正社員「忠岡」として労働しながら、新宿区住まいの家賃のために「うたちょ」の姿で男の娘コンカフェのキャストとして立つ元“高専の姫”ポジション――ペルソナたちがハレーションする、どうしようもない人間のどうしようもない梅雨明けまでの一ヶ月。
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【著者プロフィール】
市街地ギャオ(しがいち・ぎゃお)
1993年、大阪府生まれ。大阪府在住。2024年、「メメントラブドール」で第40回太宰治賞受賞。同作にて第46回野間文芸新人賞候補。
おすすめコメント
応募作1405篇の中から第40回太宰治賞を受賞した『メメントラブドール』を刊行いたします。
マッチングアプリでノンケの男を釣って喰っては「たいちょー」として行為シーンを裏アカに上げ、平日昼間はSIer企業の院卒若手正社員「忠岡」として労働しながら、新宿区住まいの家賃のために「うたちょ」の姿で男の娘コンカフェのキャストとして立つ元“高専の姫”ポジション――性的マイノリティである「私」を主人公に据えた本作は、ネット用語やスラングを駆使し、時代から取り込んださまざまな新しい言葉のラッシュが織りなす意欲作です。
圧巻のスタイルを持つ作品として、選考委員の奥泉光さんからは「小説は読みやすければいいというものではないという以上に、特定のカルチャーを共有しない者を排除するかのごとき閉鎖的な言葉の使用と、案外と古典的な筋だての落差にもアイロニーの作動があって、作者の企みは成功している」と評されました。
第46回野間文芸新人賞にもノミネートされた衝撃のデビュー作、どうぞご注目ください。
出版情報
発行形態 | ハードカバー |
ISBN | 9784480805218 |
本体価格 | ¥1,400 (JPY) |
ページ数 | 144 |
閲覧オプション
NetGalley会員レビュー
ググりながら笑、一気読み。
手軽にネット検索できる事に感謝しかない。
紙の辞書には当分載らない言葉ばかり。
この世界観に置いていかれたくなくて、ポチポチとググりましたよ。
企業の正社員としてリモートワークしつつ、
コンセプトカフェのキャストになり、
男を釣っSNSに動画を上げる。
この絶妙なバランスの日々の行方は…!
一般的に放映されているBL界隈とはかけ離れた世界観でした。ただその世界観に現実味がないなとは感じていたので、おそらくこの小説がとてもリアルなんだろうなと思います。
人は好きな人と出会い、互いに認め合う中で「結婚」→「出産」など色々なステップが確実に存在し得る世界の中で同性愛者には「結婚」というステップすらままならず、もしかしたらお付き合いみたいな感覚も周りにアピールが難しい分、脆弱に感じられ「搾取するされる」ような言葉としてはとても横柄な感じになってしまうのかもしれない。まだまだ模索しなければならない難しい世界で幸せを掴むしかない途方さに読後の終わりに絶望すら感じました。
「人は学生時代に得られなかった幻想をずっと追い続ける」
インフラエンジニアとして働く30手前の主人公は副業で男の娘のコンセプトカフェでも勤務。
さらにはマッチングアプリでノンケ食いもするという複数のペルソナと擬態をして暮らすゲイ男性。
人の交差する市街地でギャオと叫び出すような小説を書きたいとインタビューで読んだ。
その叫びは思いもしないような遠くまで届くだろう。
これが令和という時代の文化となっていくのかと思う作品だった。
今使われているネットスラング、マッチングアプリ、SNSの裏垢や昼間の仕事とは違う夜の仕事。きっと次の世代が読めば懐かしさを感じるのかもしれない。だからこそ今という時代そのものを詰め込んでいるように感じた。だからこそこのタイトルがぴったりだ。
いくつもの名前をもつ「私」とはいったい何者なのか。そしてなぜそこまで働かなければいけないのか。いくつもの「私」を使い分けたり、働かなければいけない理由については、いくら時代が変化しても根底にあるものは同じだなと思った。
ここにある本当ということの手触りの話をする。
SNSと親和性の高い語彙の選択やセンセーショナルな題材によって、安易に消費されかねない「語り手」であるこの人物は、作品内では多くの他者から消費されたり、侮られたり、感情を押し付けられたり、期待を押し付けられたりする。
しかし、読者は知っている。彼のペルソナが複数立ち現れ、境界が曖昧になっていく姿を、他ならの読者は見ている。そこにある本当を。
この文章でないと書けない、という小説が好きだ。この文章には人間がいる。飾り立て、現代性を強調し、どこかトゲトゲしさをまとう文章のように一見思えるこの語り手の文章が、その実、語り手という人間を写し取るのに最適な言葉であったということがしっくりと胸に落ちてきたとき、この小説が好きだとわかった。
初っ端から"今"が詰まったアングラな展開で引き込まれた。PayPayとTinderのアイコンを間違えそうになるなど、具体的なエピソードによってその存在をリアルに感じることが出来た。
釣った相手が承認欲求を高ぶらせていく様は分かりやすい変化だったが、反して主人公は何事にもあまり執着が感じられない。それもまたリアルなんだろうか。
良客おじの言葉が沁みる。