いもうとのデイジー
男の子だと思っていたきみを、女の子としてうけいれるまで
エイドリア・カールソン/作 ライナス・クルチ/絵 松浦直美/訳
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刊行日 2026/03/24 | 掲載終了日 2026/03/24
ハッシュタグ:#いもうとのデイジー #NetGalleyJP
内容紹介
きみが教えてくれた、本当の自分のこと。
きょうだいの視点からトランスジェンダーの子どもと
家族のかかわりをえがく作者の実話をもとにした絵本。
「わたし、ほんとは女の子だよ。」
これまで、なかよしの弟だと思っていたきょうだいが、
ある日、自分は女の子で、デイジーと呼んでほしい、といいます。
この作品では戸惑いながらも、家族みんなでその変化を受け入れ、
理解し、支え合う姿が描かれています。
家族の絆や愛情が、どんな変化も乗り越えられる力になることを
教えてくれるこの物語は、すべての子どもたちとその家族に寄り添います。
また、性の多様性や自己表現の大切さを、
子どもたちにもわかりやすく伝えてくれます。
***********************************
息子が〈トランスジェンダーの妹をもつ兄〉という新たな役割を
うけいれやすくなるような資料がないかと探してみると、
わたしが求めているものはありませんでした。(中略)
そんなわけで、わたしはこの本を、つまりうちの家族の物語を
書きたいと思ったのです。この本の中核となるのは、デイジーであり、
この子が勇気をもって自分の性別についてまわりに伝えたことですが、
(中略)きょうだいも、兄や姉、弟や妹の新たな性自認に
どう接したらいいかを考えるヒントになるようなものを必要としていて、
うまくうけいれるのに時間がかかるかもしれないのです。(作者より)
出版社からの備考・コメント
ここに掲載している作品データは刊行前のものです。
刊行までに内容の修正があり、仕様の変更がある場合もございますが、ご了承下さい。
【ご注意下さい】
ここに掲載している作品データは刊行前のものです。
刊行までに内容の修正があり、仕様の変更がある場合もございますが、ご了承下さい。
おすすめコメント
LGBTQIA+をあつかった本は、本人が主人公であることが多いのですが、
本作は、トランスジェンダーの子のきょうだいの視点から描いているのが、特徴です。
絵を担当したライナス・クルチもトランスジェンダー当事者です。
【LGBTQIA+】
セクシュアルマイノリティをしめす総称。
L(レズビアン)、G(ゲイ)、B(バイセクシュアル)、T(トランスジェンダー)、Q(クィアまたはクエスチョニング)、I(インターセックス)、A(アセクシュアル)の頭文字と、その他の多様な性を表す「+」を組み合わせた言葉です
販促プラン
【著者紹介】
作/エイドリア・カールソン
家族とアメリカ、マサチューセッツ州のケンブリッジに住んでいます。いまは子育てをしながら作家活動をしていますが、教師だったこともありますし、ネコやイヌの訓練や、ディスレクシアの子どもたちの指導をした経験もあります。「生まれたときに男の子だと勘違いされたけれど、本当は女の子だ」と娘から知らされたとき、地元のLGBTQIA+*コミュニティが親身になって支援してくれたことに、エイドリアも夫もとても感謝していて、そのコミュニティのためになにかしたいと思っています。執筆活動をしていないときは、ネコをひざに乗せて本を読んだり、とあるイギリスの料理番組で紹介されたお菓子を焼いてみたり、荷台のついたカーゴバイクと呼ばれる自転車に子どもたちを乗せて町なかを走り回ったりしています。
絵/ライナス・クルチ
アメリカ、ペンシルベニア州のイーストンに住んでいる、フリーランスのイラストレーターです。イラストレーターになるために学んでいる途中で、男性に性別移行しようと決意しました。ライナスはそのときはじめて、アーティストとして本当に目覚めたのだといいます。そして、ペンシルベニア州フィラデルフィアのムーア・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで学士(美術)を取得しました。いちばん情熱をもって力を入れているのはイラストレーションですが、米国の郵便局員という副業もあります。色、記憶、シルクスクリーン、物の質感(テクスチャ)に触発されて、創作活動をしています。
訳/松浦直美(まつうらなおみ)
愛知県出身。大学で英文学を学び、アメリカに住んでいたころに近現代美術史の修士号を取得しました。その後、現代アートのNPO、雑誌の編集部の仕事を経験して翻訳家になりました。訳書に『希望の図書館』『ミツバチの本』など、共訳書に『ネルソン・マンデラ その世界と魂の記録』「マインクラフト」シリーズなどがあります。
出版情報
| 発行形態 | ハードカバー |
| ISBN | 9784033487007 |
| 本体価格 | ¥1,700 (JPY) |
| ページ数 | 32 |
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NetGalley会員レビュー
レビュアー 946550
弟だと思っていたきみが突然「女の子」宣言とは。
最初は戸惑うお兄ちゃんだけど、名前がデイジーに変わっても、一緒に遊ぶ楽しさは変わらないと気づく姿が最高にハッピーでした。
実話ベースの家族の絆と、「中身は同じきみ」という発見に心が温まります。
読んだ後に誰もが笑顔になれる、素敵で前向きな絵本でした!
レビュアー 1065457
生まれてから男の子として育てられたけれど、小学校に上がる前にきっぱり「わたし、女の子よ」と言い、名前も「デイジー」に改めた「妹」。
そんなデイジーの兄の「ぼく」の戸惑い。それまで親友でもあった「弟」が消えてしまうのではないかという不安がリアル。
幼稚園児の時から性自認を迷いなく「女の子」と言えて、両親もそれをすぐに受け入れ応援してくれるデイジーが羨ましい。
それだけに、「ぼく」の揺れる気持ちが胸に刺さった。
あとがきが素晴らしい。デイジーのと「ぼく」のようなこどもを持つ親の、「ぼく」にポジティヴな物語を与えたいという気持ちが胸に響く。
図書館関係者 1366886
ある日弟が妹になった。子どもが身体の性別に疑問を抱いたとき親はどうしたらいいかという物語や指南本はありますが、兄弟もしくは姉妹へのアプローチはなかなかありませんでした。
著者のエイドリア・カールソンさんも自身のお子さんの経験をもとに、お兄ちゃんが妹のデイジーを受け入れる過程を丁寧に描いてくださっています。
性に関する未就学児の親子向けの講演会等も昨今増えてきています。以前図書館の資料、特に絵本の選書依頼もあったため、こちらの資料をぜひリストに加えたいです。
レビュアー 752611
弟が「妹」になった‼︎兄としての立場は変わらないけれど、仲よく過ごして来たふたりの関係に自信が持てなくなったお兄ちゃん。
小学校入学を機に、女の子宣言をした弟を家族は受け入れます。とまどいはあったはずですが、デイジーと名前を改める提案をしたり、積極的に本人の意思を認めようとするところ、とてもいい家族だなと思いました。
兄であるぼくは、しばらく葛藤の時間を過ごしますが、やがて弟としてでも妹としてでも、何も変わらないんだということに気づきます。ここに家族の成長があると思うのです。
また、性自認に悩む子ども、その親にも正面から問いかけ、ひとつの形を示す本として、いいなと思いました。
レビュアー 529296
これは最近よく聞くLGBTについて教える絵本なのでしょう。本来人にはいろいろな違いがあります。一人ひとり違うのですから、違って当たり前なのです。しかし、多数派に引きずられるという面もあります。そして多数派と違っているところがあればいじめる。考えてみれば残念なことです。大きくなってから考え方を変えるのはなかなか難しいでしょう。しかし、このような絵本で小さいうちから理解を深めていくことは有益だろうと思います。
レビュアー 2000292
トランスジェンダーを題材にした作品たくさんあるけれど、この作品の良かった点は本人視点ではなく、兄弟からの視点なところ。
今まで自分が兄として接してきた弟から、ある日『私は女の子なのよ』と言われたら戸惑うだろう。
兄がそれらを受け入れていくまでの日々に思ったことを兄からの視点で綴っているが、一番大切なことはデイジーはデイジーであり、何も変わってないってこと。
楽しく過ごしてきた日々が、確かにそこにあること。
理解ある家族のもとで、友人のもとで、社会で。
自分が自分らしくいられる、そんな優しい世界であることを心から祈っています。
教育関係者 468529
本人の視点から、ではなく兄の視点からのこの絵本。
両親のスタンスがとても素晴らしい。
いもうとのデイジーも、ちゃんと小学校にあがる前、つまり未就学の状態ですでに自分のセクシャリティに対しての自覚がある。
誰に強要されたわけでもない。よくLGBTQなんて存在しないよね、みたいに言う人(派)がいるけれど、そうではない。
自分の心と体のことは、自分が決めること。
それを他人がとやかく言うことでもないし、それによって誰かが困ることもない。
兄として、それを受け入れる・・・受け入れるという言葉もおかしいけれども・・・である、ということで生活していく
ことが描かれている。今までにない切り口であり、とても温かい。
物事の本質ってこういうことだよね、がわかる絵本だ。
レビュアー 998972
多数の人と違う。共感できる人が限られていて少ない。
そういう人の生き方は難しい。周囲の理解を求めなければ普通も大変。
まだ子供のころにしっかりと自覚出来て補助もあると心強い。
大きくなって性的な興味が抑えられないような衝動になった時、
こうやって少しずつ理解を得ていることが大きな励みになるでしょうね。
図書館関係者 601014
弟が妹に変わったおにいちゃんの心に寄り添う本がないから作った。
そういう必要性が感じられる本でした。
もう少し大きい年齢のきょうだいであれば、
理屈でものを考えて、頭で理解することから始められもするかもしれないけれど、
まず心で納得できないと気持ちが追い付かないとき、
この本のようにお兄ちゃんの戸惑いを肯定してくれる本も必要ですよね。
ただ、親のつけた名前ではなく自分の選んだ名前で生きていくことができるって、
なかなか多くの人が選べない選択肢だなと今回読んでいて初めて思いました。
(エレン→エリオットのように名残のある名前に変える印象がいままで強かったので)
レビュアー 860035
弟だと思っていた、弟として接していた。
きっとこれからも兄弟だと思っていた。
「弟」を「妹」として受け入れるにはどんな心の準備や変化があったのか。作者家族の実話をもとにしたこの絵本ではお兄ちゃんの感情がすごく素直に描かれていて、共感したり新たな気づきを得たり…その気持ちを少しだけ推し量ることができました。
絵本を読み終えたあと小学生の娘にトランスジェンダーとXジェンダーの違いについて尋ねられ、家族で理解を深めるいい機会にもなりました。
レビュアー 1604179
当たり前とか絶対とか、こうじゃなきゃ駄目とか、これだけは譲れないとか、そんな感情はどこから生まれてくるのだろう。海を見に行きたいな、星がきれいだね、その気持ちと同じ心から出でくるものなんだけど。自分と違うことを嫌う人がいる。自分と同じものを探す方が難しいのに。違うから素晴らしいことって意外とたくさんあるんじゃないのかな。生まれたときはみんな小さくて、少しずつ楽しみが増えていく。その中で好きなものが自然とできて、そのままに過ごせていける社会になれたらいいのにね。いろんな人がいるから、この星はきらめくんだよ。
レビュアー 530109
おにいちゃんは、可愛いおとうとのことを、とても愛しています。でも、ある日、「自分は女の子で、デイジーと呼んでほしい」と言われてしまったのです。急にそんなこと言われても、おにいちゃんは困ってしまい、両親と話をしました。ふたりは、これからは「デイジーといういもうと」になることを認めていました。そうか、ぼくもデイジーって呼ばなくっちゃ! とは思っても、よくわからないんです。
急に「いもうと」って言われても、あの可愛い「おとうと」が、いなくなってしまったような気持ちになってしまうんです。おにいちゃんは気持ちの整理がつきません。
『「生まれたときに男の子だと勘違いされたけれど、本当は女の子だ」と娘から知らされた』
この本は、作者の実体験から生まれました。
そうか、男の子だと思っていたのは、見た目だけで判断していたからだったんだね。ちゃんと自分のことを説明できる歳になって、自分の事を勘違いしないでねって、この子は言っているんだ。ということがわかって、「勘違いしていて、ごめんね」と思えたのだそうです。
自分が女の子なのか、男の子なのか、それとも、どっちでもないのか、それは自分で決めることだものね。誰かに押し付けられることじゃなんだものね。
こんなおにいちゃんの気持ちを、これから同じような体験をするかもしれない人に伝えたくて、この本を書いたのだそうです。
おにいちゃんが最初に感じた「どうしよう」という気持ち、これはとても自然な気持ちだと思います。だって、この子が生まれたときからずっと「おとうと」として見てきたんだから。でも、本人がそういうんだから、そっちが正しいんだね。それに、「おとうと」だろうが「いもうと」だろうが、なかよしのきょうだいであることに変わりはないんだもの!